第9話 氷の令嬢は、執事(僕)を独り占めしたい

ついに学園祭当日。

 校門には色とりどりのアーチが飾られ、朝から多くの来場者で溢れかえっていた。

 僕たちのクラスのコンセプト・カフェ『スノウ・ホワイト』は、開店直後から大盛況だった。その理由は、店の雰囲気もさることながら……。


「……お待たせいたしました。こちら、『氷の令嬢の情熱(パッション)』でございます。お召し上がりください……(低音)」


「キャー! 佐藤くん、かっこいい!」

「あの普段地味な佐藤くんが、執事服を着るなんて……ギャップ萌えすぎる!」


……慣れない執事服を着た僕への、女子たちの黄色い声だった。

 だが、その声が響くたび、店内の気温がマイナス40度くらいまで急降下する。


「……そこ。私語は慎みなさい。ここは社交の場であって、貴方たちの浅ましい欲求を満たす場所ではないわ。……さっさと食べて退店なさい、迷惑よ」


漆黒のメイドドレス(最高級シルク製)に身を包んだ神代さんが、トレイを手に女子たちを威圧していた。


(((((((((((((((((((((((殺す……!! あの女たち、全員まとめて神代グループの地下労働施設へ送り込んでやるわ!! 私の佐藤くんの執事姿を、あんな不潔な目線でジロジロ見るなんて!! その瞳、今すぐドライアイスで凍結させて差し上げたい!! 彼のこの姿を拝んでいいのは、彼に一生を捧げる契約を交わした私だけなのよおおお!!))))))))))))))))))))))


地下労働施設は実在するのか……?

 僕は冷や汗を流しながら、お冷を運ぶ。ふと自分の手首を見ると、そこには昨日彼女が見つけてくれた、あの青いミサンガが巻かれていた。


「神代さん、一旦休憩に入ろうか。顔が怖いよ」


「……フン、貴方の手際の悪さに苛立っているだけよ。……ほら、早く来なさい。裏で『業務連絡』があるわ」


神代さんは僕の腕を強引に掴み、スタッフルーム(という名の、彼女が私物化した特別待機室)へと引きずり込んだ。


(((((((((((((((((((((((((((アアアアアアアアア!! 執事服! 執事服の佐藤くんと至近距離!! 背筋が伸びて、いつもより大人っぽく見えるわ……好き!! 今すぐこの部屋に鍵をかけて、学園祭が終わるまで彼を私の椅子に縛り付けて、私だけにお茶を注がせ続けたい!! 独占! 監禁! 愛の牢獄!!))))))))))))))))))))))))))


愛の牢獄に入れられては困るが、彼女は椅子に座ると、少しだけ表情を和らげた。


「……佐藤くん。貴方、さっきの女子に『ミサンガ可愛いですね』って言われて、ニヤけていたわね。死にたいのかしら」


「ニヤけてないよ。……ただ、これをつけてるのを気づかれたのが嬉しかっただけで」


「……っ。……そう。なら、もっと嬉しいことを教えてあげるわ」


神代さんは、自分の白い手首をまくってみせた。そこには、僕とお揃いの、少し汚れた青いミサンガがしっかりと結ばれていた。


「……約束通り、つけてあげたわ。……これで貴方は、名実ともに私の『所有物』になったということを自覚しなさい」


((((((((((((((((((((((((((((((((((言えた……!! お揃い!! 運命の番(つがい)!! これで学園中の女子に『この男は神代凛花の獲物よ』って宣言したも同然だわ!! ああ、このミサンガが一生解けなければいいのに……いえ、解けそうになったらアロンアルファで補強してやるわ!!))))))))))))))))))))))))))))))))


アロンアルファはやめてほしいが、彼女の顔は誇らしげだった。

 その時、スタッフルームのドアが勢いよく開いた。


「おーい、佐藤! 外に他校の男子グループが来て、神代さんと写真撮りたいって騒いでるぞ!」


クラスメイトの呼び声に、神代さんの顔から一瞬で感情が消えた。


「……写真? 私と? ……ゴミね。排除しなさい、セバスに連絡して……」


「あ、待って神代さん! 今日は学園祭なんだから、多少のファンサービスはしないと……」


「……断るわ。私の姿を記録していいのは、貴方だけよ、佐藤くん」


(((((((((((((((((((((((((((((((((他校の男!? 汚らわしい!! 私の網膜に佐藤くん以外の男を映すなんて、人生の無駄遣いだわ!! それに佐藤くん、貴方も少しは嫉妬しなさいよ! 私が他の男に囲まれて困ってるのを見て、王子様みたいに助けに来てくれないの!? さあ、早く私を抱き寄せて『彼女は僕のパートナーだ』って宣言してえええええ!!))))))))))))))))))))))))))))))))


期待の眼差し(と心の叫び)を浴びて、僕は覚悟を決めた。


「……わかった。神代さんはここにいて。僕が断ってくるよ。『僕のパートナーが困ってるから』って言ってさ」


「…………っ!!」


神代さんは目を見開き、耳まで真っ赤にして固まった。


「……パ、パートナー……? 貴方、自分の立場をわかって発言しているのかしら」


神代さんは扇子で顔の下半分を隠したが、隠しきれないほど耳が真っ赤に染まっている。震える声とは裏腹に、脳内はもはや銀河系が誕生する瞬間のビッグバンのような衝撃に包まれていた。


(((((((((((((((((((((((((((((アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア(絶叫の極致)!!!!! 言った! 認めた! 私を「パートナー」って!! しかも他の男たちから私を守るために!! 佐藤くん、貴方はいつの間にそんな騎士(ナイト)みたいなスキルを習得したの!? 好き! 大好き! 愛してるを超えてもはや崇拝の域よ!! 今すぐこの音声を録音して、神代グループが所有する人工衛星から全地球に向けて24時間ループ再生させたいわあああああ!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))


地球規模の放送はやめてほしいが、彼女の喜びが爆音で伝わってくる。

 僕はスタッフルームを出て、表で騒いでいた他校の男子たちの前へ立った。


「すみません。神代さんは今、カフェの運営責任者として手が離せません。写真はご遠慮いただいています」


「えー、一枚くらい……。君、彼女の何なの?」


「……彼女のパートナー(実行委員)です。これ以上騒ぐなら、警備員を呼びますよ」


僕が(少しセバスチャンさんの威圧感を真似て)告げると、男子たちは舌打ちをしながら去っていった。

 ふう、と息をついて振り返ると、そこにはドアの隙間からこちらを覗き込む「氷の令嬢」の姿があった。


「……ふん。少しは男らしいところを見せられるようになったわね。神代グループの準社員として、最低限の働きだわ」


(((((((((((((((((((((((((((((((((((((((カッコイイ……。背中、佐藤くんの背中が今までで一番大きく見えたわ……。私を守る騎士……。ああ、もうダメ、膝の力が抜けて、そのまま彼の胸の中にダイブしてしまいたい! そして『よくやったわ、私の英雄』って囁きながら、彼の首筋に私の印(キスマーク)を刻み込んで……いえ、それはまだ早すぎるわ凛花、落ち着きなさい!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))


キスマークの検討は本気で落ち着いてほしい。

 神代さんはスタッフルームから一歩踏み出すと、僕の執事服の襟元を、不器用な手つきで整えた。


「……乱れているわよ。貴方の身なりは、私の品位に関わるのだから。……佐藤くん。次は、二人で店内の見回りに行くわよ。……『パートナー』としてね」


「……ええ。お供します、お嬢様」


僕が冗談めかして頭を下げると、彼女は満足そうに微笑んだ。

 それは、クラスメイトたちが見たこともないような、優しくて、柔らかい本物の笑顔だった。


((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((最高……。学園祭、最高だわ。世界中の人々が私たちのために祝祭を挙げているように感じる。佐藤くん、今日が終わるまでに、私は貴方に『本当の想い』を……心の声じゃない、私の唇から直接、逃げられないほどの愛を囁いてあげるから。覚悟しておきなさい……!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))


不意に聞こえた、これまでになく「静かで重い」決意の爆音。

 僕は、彼女の隣を歩きながら、背筋に心地よい緊張感が走るのを感じた。


学園祭はまだ始まったばかり。

 けれど、二人の距離は、もはや「隣の席の他人」には戻れないところまで来ていた。

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