第84話 三年前の答えを 聞かせて

(自筆イラスト:涙のシリウス)

https://kakuyomu.jp/users/ugimuro_sashiko/news/2912051596226848475


私はビクリと止まった。


「あのとき、僕たちは、すれ違っていて…

時間的にも、気持ち的にも…

あまり会えていなかった。


13歳の僕は…あのとき、

貴女に、ずっと会いたかったと伝えて、

貴女を抱き締めた。」


私はうつむいた。


緊張が身体中を貫いて、頭も体もぐらぐらする。


「16歳の貴女は、僕に、ずっと会いたかったと…」


「やめて!!!」


私は窓際にすっ飛んだ。


「やめて!!!!」


私は激しく首を横に振った。


「獣化してしまう!!!!!」


言いながら、カーテンを自分に巻きつける。

少しでも、シリウスが逃げる時間を稼げるように。


が、次の瞬間、シリウスは、驚くほど大きな声を上げた。


「獣化してくださいよ!!!!!!!」


アクアマリンの決死の瞳が、私を睨みつけている。


「僕だって、変化へんげするかもしれない!!!

どんなに、気を付けたって…」


シリウスはズンズン私に近づいてくる。


「もう、僕たちはやるだけやったんだ。

…殺し合いましょうよ、リヒトさん。」


彼のアクアマリンの瞳は、

アクアマリンのままで、煌めいて私を捕らえている。


シリウスは、カーテンに巻かれた私の肩を掴んだ。


「三年前の答えを、

聞かせてください。


僕が、聞きたいんだ。」


私は何か言おうとしたが、かすれて声が出ない。


シリウスは、私の顎をつかんで引き上げ、私の目を覗き込む。


アクアマリンの瞳が恒星のように輝く。


ああ…

あの「誰か」も、シリウスの一側面なのかもしれない。


(それでも、私は、殺したくない。)

いつもなら、そう言って距離を取っていただろう。


でも、その言葉は、胸の奥に沈んでいって、見えなくなる。


ああ…

あの「誰か」は、もしかして…

なの?



「言いました…」


私は、絞り出すように、三年前の答えを

彼に伝えた。


さっきまで、あんなに強気だったシリウスが、茫然と私を見る。


「言ったんですか…?

僕に…会いたかったって…?」


私が頷くのを見ると、慌てたように、

カーテンごと私を抱き締める。


まるで、逃げる小鳥の足を掴んで、

引き留めるように。


「三年前…?

本当に…?

本当…?」


抱き締められながら、私は、何回も頷く。


「ハハハ…

また、笑っちゃいますね…」


絶対、笑っていない。


「13歳の僕に伝えたいな…

リヒトさんは、あのとき、

僕に会いたかったんだよって…


これから、3年間…」


シリウスの涙が、私の髪を伝って、

私の首筋に流れ落ちる。


「3年間、しんどいことも多いけど…

リヒトさんも、僕に会いたかったから…

頑張れるよなって…」


シリウスが、子供のように泣いている。


でも、カーテンに巻かれたまま抱き締められているから、

シリウスを撫でてあげることもできない。


一生懸命、すり寄せられるだけ、頭をすり寄せる。


なんて…なんて、

愛おしい人なんだろう!!!


猫族フェリスなどという属性がなければ、

この身体が塵になっても、

この人を慈しみ、支え尽くしたい!!!


…いや、猫族フェリスという属性なんか、

もう関係ない!!!


この属性から逃げられないなら、このままで、この人を…


シリウスは、少し収まったのか、

鼻をすすり、腕で涙を拭いながら、私に向き合った。


が、私がミノムシのようになっているのに気づいて、

私をグルグル回して、泣き笑いしながらカーテンをほどく。


気が付くと、東の空がうっすら明るくなっている。


「…シリウス、今日、結構大きな式典なかった?」


「ありますね…朝から…」


シリウスの顔を見て、私は「アッ」というと、

彼を鏡の前に連れて行った。


『ワァ…』


二人で思わず声を上げる。


シリウスの目は泣き腫らして腫れ上がり、

鼻もトナカイのように赤く、

隈まで作っている。


私の方も、同じような顔。


鏡の中の二つの変な顔は、思わず笑顔になり、

視線をかち合わせた。


「シリウス…ほらほら!」


シリウスを寝台に引っ張ると、

彼を無理に横たえる。


「君、寝るの得意でしょ?

ちょっとでいいから、寝なさい!」


「リヒトさんは?」


「私はいいよ、午前はお休みする!

気にしないの!」


言いながら、私は、シリウスの頭の下に枕を入れたり、

毛布をかけたり、クッションを整えたりする。


「リヒトさん、一緒に…」


「寝なさい!!!もう!!!」


私は、ズルズルとソファを寝台近くに引っ張ってくると、そこに落ち着いた。


「ここにいるから、寝なさい。

君なら、少し寝るだけで、回復するから。」


シリウスは、子供のように頷くと、

長い睫毛を閉じて、すぐにスヤスヤと寝始めた。


私は、深くため息をつくと、頬杖をついて、じっとその顔を眺める。


【愛おしい】…


不思議な感情だ。


シリウスが好き、

シリウスに会いたい、

シリウスに抱き締められたい…


滝のように私に打ち付けるこれらの感情とは違って、


どこか静かで、

何かに根差した、

優しい気持ち…


確かにそうだね、シリウス…


今夜も色々あったけど、

ねえ?

究極的には殺し合ってもいいと考えれば、

愛おしい君のために、私には、もっともっと、できることがあるね?


私は、頬杖をついたまま、

この物騒な考えを、

不思議と安らかに心に滑らせながら、

目の前の愛おしい生き物を、

ただ、見つめていた。


*************

私はハッと頬杖を解いた。


朝の式典の前に、シリウスに、何かしてあげられることは?


(前に変化したときは、すごく身体に負担がかかっていたから、

今回だって、本当はつらいはず…)


(式典は欠席できないし…)


(今からだったら、

シリウスの午前の予定次第では、

3時間くらい寝られるかも。

起きたらすぐにお風呂入った方がいいのかしら?

それとも、食事かな?

ヤンさんたちがよく分かっていると思うけど…)


(まずは、ヤンさんたちに、現状報告だ!)


私は、床に落ちているローブを羽織ると、

扉をそっと開けた。

離れた位置で、エデさんが頭を下げる。


私は後ろ手で扉を閉めると、

エデさんとヤンさんが即座にやって来る。


お二人に、お互い、獣化したり、変化したりしてしまったこと、

シリウスが今寝たばかりであることを伝えた。


お二人から朝の予定を聞いて、

私がこのままシリウスの様子を見ておくことを伝えると、

お二人は廊下の向こうに急ぎ足で去っていく。


これで、安心だ。


私が枕元に戻ると、

シリウスが「ん…」と言いながら寝返りを打つ。


私が毛布を掛け直し、枕を整え、

そっと額の刻印に手を置くと、

少し微笑んで、またスヤスヤと寝始める。


腫れぼったさはすっかり引いて、

いつもの彫像のような美しい顔だ。


窓の外はいよいよ白んでくる。

私は、太陽に、

もう少し、この大王を寝かせてあげてとお願いした。



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