第十話:再会②

 私は驚いた。彼女の容姿は私が知っているお母さんではなかったから。黒色だった髪は金色に、綺麗だった肌は荒れていて、顔にはほんの少しだった筈の化粧が派手にされている。


「何故突然引き取りを?」


 先生はそう問いかけた。


「なんでそんなこと言わないといけないの? 関係ないでしょ」


「入院中の患者を引き取るとなると色々と手続きが必要ですから」


「そんなのしなくていいでしょ!」


 お母さんは怒鳴った。それに対して先生は顔色を変えずに淡々と返した。


「いえいえ、手続きをしないと入院料を払い続ける事になりますよ。入院停止の手続きをしないと言う事ですからね」


 お母さんは少し顔を顰めた。思い出した。そういえばお母さんはお金には厳しい人だった。ほんの少しのお金も減るのを嫌がるような人だった。


「分かったわよ。じゃあするから、早く其奴をこっちに渡して」


 お母さんは私の手を掴む。それをもぎ取る様に先生は離した。

 

「それは出来ません。渡すのは手続きをしてからです」


「駄目よ、渡しなさい!」


「出来ません。何故そこまでして引き取りたいのですか」


 先生はそう、溜息を吐いて言った。まるで小さい子に問いかける様に。号泣する子を宥める時の様に。


「このガキに教える為よ。自分の罪を」


「罪? 彼女が何かしたのですか?」


 私はドキッとした。一瞬、点滴から逃げたことを思い出したからだ。次々に思い出される。先生に、病室で待っていろと言われたのを無視して出た事。それを咎められた事。

 それらは許されたけれど、悪い事だと言うのは変わりないから。


「此奴の存在自体が罪なのよ。此奴は私の家庭を壊したのだから!」


 それを聞いた先生の瞳に一瞬、敵意が浮かんだ様に見えた。その目を見てお母さんは少し怯えた様な目をした。


「……何故、そう思うのですか?」


 先生は冷たい声で言った。冷えた、氷の様な声で。私は冷水に当てられた様な感覚を覚えた。


「だって、此奴が生まれなければ私はまだ優翔君と過ごせて、大金を払う事だってなかった! 此奴さえいなけりゃ私はまだ優翔君と居れたんだから!」


 優翔――私のお父さんの事だ。

 

 (私が居なければ良かった? お母さんはずっとそう思っていたの?)


「不倫した癖に……」


 そんな声が聞こえた。低い、くぐもった様な先生の声だった。恐らく、その声は私にしか聞こえなかったと思う。

 

 (何で、先生はそんなことを知っているんだろう)


「つまり、貴方は子供が産まれたことで旦那と離れる事になった為、家庭を壊されたと思い込んでいるのですね」


「思い込んでなんか」


 その言葉に被せる様に先生は言葉を続けた。

 

「本当は貴方が原因で家庭崩壊が起こったのでは?」


「ち、違う!」


 お母さんは必死に否定をした。しかし先生は確信しているらしい。どこか嘲笑う様な目で見ていた。


「子供が原因なんですよね? 生まれて困るのなら、堕ろす事も出来た筈です。しかしあなた方はそれをしなかった。つまりその時点では何も問題はなく、産んだ後に何か問題が起こったということです。夫婦の中を引き裂く様な問題……例えば、不倫とか」


 そう先生が言うとお母さんの顔がはっきりと強張った。その口が何かを言おうとしたがやがて固く閉ざされた。


「それに、大金がかかったんですよね? 出産費用は約50万程度。それに対し中絶する場合の費用は初期なら7万から10万。費用は抑えられます。中期だったとしても給付金を受け取れるので負担は減る。金が問題だったとは考えずらい」


 お母さんの顔が段々と青ざめていっている。先生の話は本当なのだろうか。私は、お母さんとお父さんの子供じゃないという事だろうか。


 (嘘だ……そんな訳……)


「不倫をして産んだ子供に責任を押し付ける……。最低ですね。貴方の様な人に育てられた子供が可哀想だ。……いや、そもそも貴方は相手と遊んで子供なんか見てないか」


 先生はそう言ってお母さんに背を向けて私と直人君の手を引いた。私は少し振り返るとお母さんはその場に立ち尽くしたままだった。


 直人君が、先生に小さく訊ねた。


「せんせ、僕のお母さん、いつお見舞い来てくれるかな?」


 その問いに、先生は答えなかった。いや、もしかしたら答えたくないのかもしれない。先生は、まるで今すぐに逃げ出してしまいたくなる様な試練でも受けているのかと思ってしまう様な表情をしていた。

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