第九話:先生の思い

「先生、大丈夫?」

 

 私は先生と直人君と共に恵美子さんと愁さん、咲さんを病院の玄関まで送った後、そう尋ねた。

 

 何故なら先生が酷く苛ついた様子だったからだ。

 

「正直、全然大丈夫じゃない。苛つきすぎて死にそう」

 

「えっと、一応聞くけど、何の苛つき?」

 

「どうせ彼奴は反省しないだろ? それと、謝罪されても精神科に戻れないって言う現実」

 

 現実に苛つくのって、結構やばい気がする。幼い私でも分かる。

 

「えと、先生って、なんで精神科に戻りたいの?」

 

「……病室戻ってからでいいか?」

 

「あ、うん」


「あぁ、そうだ。お前、病室で待ってろって言ったのに出てったよな?」


「あ、はい……」


「死んだらどうするつもりだった?」


「えっと、それは……」


「……心配してくれたのは嬉しいが、状況をよく考えろよ」


「は、はい。ごめんなさい」

 

 そう話しながら私と先生は戻った。直人君は看護師の人たちを振り切って先生に着いて行った。

 先生は少し困った顔をしていたけれどその表情からは嬉しさが見えた。

 

「ねぇ先生、教えてよ」

 

 私がそうせがむと先生は黙って聞けと言いたげな表情をする。

 

「俺は、元精神科の患者だ。戻りたい理由は、当時の俺と同じ様に苦しんでる奴を救いたいから」

 

「え、先生、が?」

 

「そうだ。俺に妹がいるって言うのは知ってるだろ? それの定期検診のついでに、何故か俺も検診することになってな。それで、俺に病気があるって分かって入院になった」

 

「何の、病気だったの?」

 

「……統合失調症。簡単に言うと思考がまとまらなくなったりする病気だ。症状は幾つかあって、陽性症状と陰性症状の二つに分類出来る。基本どっちかを発症することが多いな。幻覚、妄想と思考障害が主な症状になる陽性症状。意欲低下、感情表現の乏しさ、集中力と記憶力低下が現れる陰性症状。後、希死念慮とか、暴力行為もある」

 

 何だか難しい病気だ。軽く混乱しそうだ。

 

「先生は、どっちだったの?」

 

「陽性症状だ。それと、希死念慮だな」

 

 難しい言葉まで出てきた。意味がわからない。

 

「希死念慮って、何?」

 

「凄く簡単に言うと、死にたい気持ち」

 

「え、」

 

「本当、毎日死にたかった」

 

 吐息混じりにそう言った。それは今まで聞いた事ない暗い声で。

 

「でも、死ななかったんだよね」

 

「うん。ある人のおかげで」

 

「ある人って誰?」

 

「それは言えない」

 

 先生は即答した。

 

「そ、そっか」

 

 沈黙が訪れた。話題を変えたい。この話を振ったのは私からだけど、この空気には耐えられない。私はふと思った疑問を口にした。

 

「ねぇ、さっき直人君は恩人だって言ってたよね。何で?」

 

「竹中さんは、俺が医者をして初めて担当した患者でな。俺が精神的に疲れてた時に癒してくれたんだ。一緒に頑張って、幸せになろうって」

 

「直人君が……」

 

 知らなかった。直人君を見ると今まで見た事が無いくらいのニコニコとした笑みを浮かべていた。何だか物凄く楽しそうだ。

 

「あ、戻りたい理由、俺が居ないと竹中さんが幸せになれないからって言うのもあるな」

 

「幸せに、なれないから……」

 

「竹中さん、医者になりたいらしくてな。だからもっと俺と過ごして、俺に近づきたいんだって。まぁ要するに、憧れだよ。憧れといたら幸せな気持ちになるだろ? それだよ。まぁ俺も、分からないでもないな。ってか、精神科医してた人はほぼ全員精神科の患者だったし、珍しくもないな」

 

「そうなの?」

 

「皆んな、担当医に憧れて医者やり始めたんだよ。俺もそうだし。同じように自分も人を助けたいからって」

 

「そう、なんだ」

 

 憧れ。憧れで行動が出来るなんて。

 

「私も、そんなふうに出来たらな」

 

 そう呟いた。すると先生が不思議そうな目をして私を見た。直人君の様に。

 

「お前の憧れってなんだ」

 

「普通の子。普通に、学校に通って、みんなと楽しく過ごせる子たち」

 

 そう言った後、私は息を吐いて続けた。

 

「先生、私の病気って酷い病気? 何で学校に行けないの? いつ治るの?」

 

「……。お前の病気は急性リンパ性白血病。簡単に言えば血液の癌だ。細胞が変化して病気にかかりやすくなったり、感染する病気が増えたりする病気。お前の残り入院期間は一ヶ月だ」

 

「一ヶ月……」

 

 一ヶ月。残りをここで過ごすのか。先生の事情を知る前なら、苦しいと思っていただろう。でも、今はそう思わない。寧ろ、少し寂しいくらいだ。

 

「花乃、頑張る。退院まで、絶対点滴から逃げたりしないし、怖がったりもしない!」

 

「成長だな」


 先生は息を吐いて続けた。


「まぁでも、お前は頑張ってるよ。白血病の入院期間は12ヶ月。それが残り一ヶ月なんだからさ」

 

 先生はほんの少し穏やかな声で言った。直人君が私の手を取って天井へ掲げた。一緒に頑張ろうと言うことだろうか。

 

「直人君、退院したら一緒に遊ぼうね!」

 

 そう言うと、直人君は先程の笑みを私に向けた。

 私は一人じゃない。そう思えた。

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