第六話:どちらかが②

「え……」

 

 先生は声のした方を見た。

 

「あ……竹中……さん……?」

 

 そこにいたのは直人君だった。

 

「せんせ、駄目……誰も傷つけないって約束、忘れちゃったの?」

 

「……あ……」

 

 先生の手が震えている。

 

「灰原先生、もう止めましょう……花乃ちゃんも、竹中君も泣いてますよ……?」


 詠美先生の言葉に、先生は俯いた。先生の息が荒い。殺意を抑えているらしい。

 

「先生……止めよう? もう、誰も傷つけなくていいんだよ」

 

「せんせ、帰ろ」

 

 その言葉に先生は涙が溢れて直人君を抱きしめた。

 

「……ごめん、ごめん竹中さん、ごめんね……約束破っちゃった」

 

 先生は看護師達に連れて行かれる。それに直人君も付いていった。高橋先生は気絶していた為担架に乗せられていった。


「ごめん、巻き込んで」

 

 先生は看護師達に支えられながら私に言った。申し訳なさそうな表情をしている。今までの先生からは考えられない表情と声色だった。

 

「謝らないで。先生のせいじゃないよ。それに、怖かったけど、直人くんが止めた時、先生ちゃんと止めてくれた。嬉しかった……」

 

「僕、だって、せんせと約束したもん」

 

「直人くんって優しいんだね」

 

 そう言うと、直人君は不思議そうな表情をした。戸惑っているのか、それとも言葉の意味がわからないのか。

 

「やさ、しい?」

 

「うん。だって、花乃のこと心配してくれたでしょ?」

 

「お友達だもん!」

 

「とも、だち……」

 

 今度は私が戸惑う番だった。今まで、友達と言えるような人はいなかった。だから、こんな簡単に友達も言われるのは初めてだった。

 

「初めてお友達って言ってもらえた……嬉しい」

 

「竹中さん、花乃喜んでるよ」

 

「えへへ、やった!」

 

「ていうか……竹中さん、喋れるようになったの?」

 

 先生が呟くよくに言う。その言葉に私は思い出した。

 

「あ、そういえば、昨日会った時話してなかったのに、今喋れてる」

 

「竹中さん、何で?」

 

 直人君は不思議そうな表情をした。

 

「まぁ、良いか。治ったってことだよな」

 

 息を吐き出しながら先生は言った。

 

「……なぁ、花乃」

 

 突然呼びかけられ、私は背筋を伸ばした。

 

「は、はい。先生」

 

「約束を破った時って、どうすれば良いと思う?」

 

 先生は真面目な顔をして言った。その目はまるで子供の様だった。

 

「えっと、ごめんなさいって言えば良いと思う」

 

「そう、か」

 

「先生、何か悩み事?」

 

「俺、竹中さんと約束したんだ。誰も傷つけないって。でも破った、から」

 

「でも、先生は花乃達を守ってくれたよ……? 先生は助けてくれた。それで十分だよ」

 

「せんせ、傷付けたけど、花乃ちゃん助けたから、許してあげる!」

 

「え……」

 

「うん、直人くんの言う通り……先生は私のヒーローだよ」

 

「俺が、ヒーロー、?」

 

「せんせは、僕達のヒーローだよ!」

 

「ヒーロー……」

 

 先生は何度かその言葉を呟いて言った。

 

「はは……、そっか。そりゃ……良かった」

 

 そう言うと先生はふらりと倒れ込んだ。

 

「先生! 先生、大丈夫!?」

 

「せんせ……?」

 

 そこへちょうど、高橋先生を運び終わったらしい詠美先生がやって来た。そして先生の様子を見て急いで駆け寄って来た。

 

「先生!」

 

 詠美先生は先生の胸に手を当てた。

 

「嘘……心拍数が下がって……」

 

 その言葉を聞いて私は体が震えるのを感じた。

 

「き、救急! このままじゃヤバい……」

 

「先生……花乃のせいで……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 嫌だ。先生が死ぬなんて嫌だ。まだ先生と一緒に居たい。もっと色々なことを教えてほしい。一緒に話して、笑って、たくさん怒られて。もっといっぱい、一緒に過ごしたい。

 

「せんせ……やだ、やだ……」

 

「駄目、駄目だよ。颯哉君……まだ死んだら駄目……」

 

 詠美先生が涙目になっている。

 

「先生、お願い生きて……花乃まだお礼言えてないよ」

 

「僕、せんせと幸せになるって約束したよ。せんせが死んだら僕幸せになれないよ」

 

 皆口々に言う。やがて先生は担架に乗せられて行った。詠美先生が駆け足で先生の乗った担架を追いかけて言った。私達もそれに続いて駆けて行く。

 

(先生、絶対助けるから――!)

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