第六話:どちらかが①

 次の日、先生は不機嫌だった。いつもならうるさいほど点滴をすると言われるのに、今日は無い。

 

 私がそわそわとしていると突然先生に呼びかけられた。

 

「花乃」

 

「何? 先生」

 

「……ちょっと、ここで待っててくれないか?」

 

「何処行くの?」

 

「……ちょっと、な」

 

 先生は私と視線を合わせずに言う。絶対高橋先生に何かするんだ、と勘づいた私は先生を引き留めた。

 

「先生、駄目。行かないで」

 

 先生は暫く黙っていた。やがて、私と目を逸らして、大きく息を吐いて言った。

 

「花乃、先に謝っとく。ごめん」

 

「え? どう言う」

 

 私が言い終える前に先生は私を突き飛ばして病室を出て行った。

 

「せ、先生!」

 

 私が先生を追いかけようとすると病室に鍵が掛かった。開けようとしても中からは専用の鍵がないと開けられない。

 

「先生! 先生、開けて!」

 

 私がそう叫ぶと、外から一枚の紙がドアの隙間から差し込まれた。それを手に取り広げると「絶対に部屋から出るな」と書かれていた。


 (蛇みたいな字になっているけど、多分そうだよね)

 

「でも、先生を一人には……」

 

 その瞬間、大きな衝突音が聞こえた。そして怒号、悲鳴が聞こえる。本来なら病院では聞こえないような声や音が次々に聞こえる。

 

 私は自分が酷く震えていることに気づいた。怖いんだ。先生が何をしているのか、何となくわかるから。一度見たあの地獄絵図が、思い出されるから。今回はもっと酷いことがわかるから。

 

「やだ……やだ、先生、助けて……」

 

 そう呟く。すると病室裏の部屋から詠美先生が出てきた。

 

「花乃ちゃん! 大丈夫!?」

 

「詠美先生、先生が……外に……怖いよ」

 

「大丈夫、大丈夫だからね」

 

「詠美先生、先生と……高橋先生は……どこに?」

 

「さっき、取っ組み合いになってるのが見えた……」

 

「花乃のせい……?」

 

「違うよ。灰原先生がああやって高橋先生を傷つけてるのは多分試験の事で恨んでるからなんだよ。それに、灰原先生この前言ってたんだ。『あいつは絶対俺が殺す』って」

 

「先生、ずっと苦しんでたんだよね……」

 

「だから、花乃ちゃんのせいじゃ無いよ。あれは二人の問題だから。多分、どっちかがどっちかを殺さないと終わらないと思う」

 

 どちらがが殺されないと、終わらない。そんなの駄目だ。絶対にだめだ。ダメだ。

 

「駄目! 花乃が止めなきゃ……」

 

「駄目だよ! 危ないよ」

 

「でも、このままじゃ……先生が本当に悪い人になっちゃう」

 

 先生が悪い人になる。それだけは止めなきゃ。だって、約束したから。

 

「それは、そうだけど、でも駄目だよ」

 

 私は病室の入り口に立った。

 

「お願い詠美先生。花乃も行かせて。見届けたいの」

 

「先生に怒られても良いの……?」

 

「うん。花乃が決めたことだから」

 

「分かった」

 

 詠美先生はポケットから鍵を取り出して鍵穴に差した。

 

 廊下に出た瞬間、怒号と悲鳴が聞こえた。廊下の床は血の海で、看護師達は怯えて壁にしっかりと背を付けて、廊下の真ん中を見つめている。

 

「先生止めて下さい! 警察はもう呼んでますよ!」

 

「んな事関係ねぇ! 灰原ぶっ殺してやるまで止める訳ねぇだろ!」

 

「お前に俺を殺せる訳ねぇだろ! とっとと黙って死ね!」

 

 私は思わず目を背けた。

 

「やめて……二人とも……」

 

 声が震えているのがわかる。酷い有様だ。先生は切り傷と刺し傷。首に薄い絞め跡があり、高橋先生には先生より多くの切り傷と刺し傷。頭からの出血と首には絞め跡が見える。

 

「先生……!」

 

 私は駆け寄ろうと走る。でも、詠美先生に羽交締めにされて止められる。

 

「花乃……!」

 

 私に気づいた先生が一瞬動きを止めた瞬間、高橋先生が先生に向かってナイフを投げた。先生は咄嗟に持っていたナイフで弾いて防いだ。

 

「クソが…!」

 

 先生が高橋先生を刺した。その光景が私にはスローモーションのように見えた。

 

「やだぁ! 誰か、誰か助けて……!」

 

 高橋先生がふらついたところを先生は蹴り飛ばした。それも、たった今ナイフで刺した傷口を狙って。

 

「もうやめて! 二人とも死んじゃう!」

 

 そんな声を上げても二人は聞かない。まるで私達がいないかのように二人は殺し合っている。

 

 高橋先生が段々と先生に遅れを取り始めた。それを好機と見たのか、先生は攻撃の速度を上げる。そして高橋先生の一瞬の隙を突いて一撃を喰らわせた。

 

「て…めぇ……!」

 

「終わりだな……黙って死ねよ……うるせぇもん聞きたくねぇからさ……」

 

 先生がナイフを刺そうと振り上げた時、廊下に一つの声が響いた。

 

「せんせ!」

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