第五話:第二の嵐

「誰だよ、あんた」

 

「彼女の担当医師です。あなた方は、患者ですか?」


 先生はそう言う。先生は頬や腕に包帯が巻かれている。半分ミイラの様だ。

 

「あー、まぁ、そうかな」

 

「ならば暑いですから、病院に入った方が良いのではないですか? 此処にいては熱中症になりますよ」

 

「……」

 

「何か言いたそうですね」

 

「この無口野郎が俺にぶつかってきたんだよ。謝ってもらわねぇと気が済まねぇ」

 

「無口野郎?」

 

「この男のガキだよ」

 

 先生は直人君を見た。直人君は先生の視線から目を逸らした。

 

「無口野郎……」

 

 先生は小さく呟いた。その言葉を反芻して言葉の意味を理解したのかその目に苛立ちが浮かんだ。

 

「何故、彼にそんな事を?」

 

「こいつが何言っても答えねぇからだよ。謝れっつってんのになんも言わねぇ」

 

「それは、彼が精神的な疾患を患っているからです。わざとではありません。そこまで気に触ることを彼がしてしまったのなら、僕が謝ります」

 

「本当か」

 

「ええ。誠心誠意気持ちを込めて謝ります」

 

「ねぇ、謝んないでいい代わりに、一個頼み聞いてくれない?」

 

 女性が言う。ニヤニヤと笑みを浮かべながら先生を見ている。

 

「何でしょう?」

 

「この、風見花乃って奴。連れてって良い?」

 

「……え?」

 

 私はその思いもよらない提案に声を出した。先生も意味が分からないと言いたげな顔をしている。

 

「実はさ、ある奴から頼まれてんだよね。こいつ連れてこいって」

 

「……彼女を連れて行ってどうするんですか?」

 

「さぁ? 何も言われてないから知らないけど。私らは頼まれただけ」

 

「……彼女を渡しても良いですよ」

 

「ちょ、先生? 何で……」

 

「花乃は黙ってろ」

 

 そう言って先生は私を睨んだ。

 

「条件があります」

 

「何よ」

 

「貴方に頼んできた人物の情報を吐いて下さい」

 

「無理に決まってんだろ!」

 

 先生の言葉に男性が声を荒げて言った。しかし先生は表情を変えずに淡々と言った。

 

「ならば彼女を渡せません」

 

 男性は舌打ちをした。そして大きくため息を吐いて言った。

 

「この病院の奴だよ。多分あんたも知ってる奴だ。それ以上は言えねぇ」

 

「……成る程。それだけ、ですか」

 

「何だよ。不満か?」

 

「一つ聞いてもいいですか?」

 

「……何だよ」

 

「彼は、機械に精通してますか?」

 

「いや、知らねぇけど、多分、そうなんじゃね? それが何に関係あるんだよ」

 

 先生はその問いに答えずに言った。

 

「あなた方に頼みをしたのは高橋医師ですね」

 

 その言葉に二人は凍りついたように押し黙った。

 

「な、何でそう思うわけ?」

 

 女の方が言った。平静保とうとしているようだけど動揺しているのは、子供の私でも分かった。

 

「この病院に風見花乃を知っている人物はあまり居ない」

 

「……は? いや、それは嘘でしょ。病院なのに」

 

「小児科は人気がないのでね。風見花乃の担当はずっと高橋医師がしてきていたんですよ。それに……彼と俺にはある因縁があるのでね。彼が何かしたとしか思えない」

 

「そんなの……憶測だろ」

 

「そうですね。なので、今からそれを確かめます」

 

「は? そんなの出来る訳」

 

 男性がそう言った瞬間、先生が右手で男性の髪を掴み左手で首に手をかけた。そしてそのまま病院の壁まで無理矢理押し込んだ。

 

「お、まえ」

 

「言え。お前らに命令をしたのは高橋だな?」

 

「ちょっと、愁兄を離しなさいよ!」

 

「黙ってろ派手女」

 

 先生がそう言うと女性は固まった。

 

「……離せよ……」

 

「無理ですね。言わないのなら、このまま貴方を絞め殺すことになります」

 

「……。あんたの言う通りだよ。風見花乃を連れてこいって言ったのは高橋だ。俺らはあいつの養子。金やるから代わりに連れてこいって」

 

 先生は手を離した。男性は咳き込みながら先生を見た。

 

「力強ぇんだよ……クソ医者が」

 

「出来る限り加減はしたんですけどね、すみません」

 

「はぁ……、帰るぞ、咲」

 

「え、でも……」

 

 咲と呼ばれた女性は何か言いたそうにそう言ったけれど、やがて首を振って言った。

 

「うん、行こうか」

 

 男性は先生に向き直って言った。

 

「何か、すみません」

 

「彼女に手を出さないのなら、良いです」

 

「花乃……だっけ? も、ごめんな」

 

「え、あ、大丈夫、です」

 

「えぇ、と……そこの坊ちゃんも、ごめんな。無口野郎とか言って」

 

 直人君は不思議そうな目で男性を見ていた。

 

「ははっ、分かってないのか」

 

 乾いた声で男性はそう言って、再度先生に向き直った。

 

「親父と何があったのか知らないけど、気をつけて下さい。あいつ、頭おかしいから」

 

「そーそ、俗に言うサイコパスってやつ」

 

 彼らがそう言うと先生は冷たい声で言った。

 

「安心して下さい。そんな事とっくに知ってますから」

 

 そう言って先生は私と直人君の手を引いて病院に去り、直人君は病棟に、私は病室に連れて帰られた。

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