第二章

第五話:第二の嵐①

 先生と高橋先生は病室に運ばれた。私は先生の寝ている姿をベッドの横で見つめ続けていた。もう一日経っていた。

 

 院長先生が飲ませた睡眠薬の効果はとっくに切れている。目を覚まさないのは怪我のせいなのかもしれない。

 

 あんなに怖い先生でも寝顔は優しい雰囲気で、不思議な感じだ。そんなことを考えていると先生の瞼が動いた。目が覚めたみたいだ。

 

「っ……頭痛え……」

 

「先生、大丈夫?」

 

「花乃、ごめん……心配かけたな……」

 

 私は顔を左右に振りながら言う。

 

「花乃こそごめんね。でも先生が無事で本当に良かった……」

 

「彼奴は?」

 

 彼奴というのは高橋先生の事だろうか。私は言おうかどうか迷った。でも、言うことにした。言わないと何か不吉なことが起こる気がしたからだ。

 

「高橋先生は、他の病室で寝てるよ。詠美先生が言ってた」

 

「へぇ……そのまま死ねばいいのに」

 

 先生は冷たい声で言った。その目には殺意しかなかった。

 

「先生……怖い顔しないで。もう終わったことだよ?」

 

「あいつが油断してる時にでも襲えば殺せるだろ」

 

 私はその先生の言葉に恐怖を感じた。それと同時に目頭が熱くなり涙が出ているのを感じる。

 

「だめ! もう誰も傷つけちゃだめだよ。約束して?」

 

「どうだろうな」

 

 先生は無機質な声で言った。まるでロボットのような淡々とした声だ。

 

「花乃、先生が怖い人になっちゃうの、嫌だよ」

 

「……もし俺があいつを殺したらどう思う?」

 

「そんなことしたら、先生も悪い人になっちゃう。花乃、それが一番怖いよ」

 

 私がそう言うと先生は無言で起き上がった。私はそれを慌てて押さえた。

 

「ダメ! まだ動いちゃ駄目。お願い、横になってて...…」

 

「もう平気だよ」

 

「嘘。顔色悪いよ。無理しないで」

 

「分かった。動かないから。……もう14時か」

 

「そうだね」

 

「遊んでこい」

 

「え? でも先生は?」

 

「看護師がいるから平気だ。三階ホールは入院者用のプレイルームだから行ってこい」

 

「ほ、本当に先生平気なの?」

 

「平気だから行ってこい。最近ベットで寝てばっかで体動かしてねぇんだから」

 

「むぅ……分かった」

 

 私は三階ホールに向かった。そこには赤ちゃんぐらいの子や私の同じくらいの小学生だけでなく高校生くらいの人までいた。

 

 その中に遊ばずにふらふらと彷徨いている男の子を見つけた。何となく気になり私は話しかけた。

 

「ねぇ、君、お名前なぁに?」

 

 男の子は振り返って私を見たけれどぼんやりと首を傾げるだけだ。

 

「え、えぇっと、私、風見花乃って言うんだけど、君はなんて言うの?」

 

 そう尋ねたがやはり彼は首を傾げるだけだ。私はどうしようか考えていると男の子は走って本棚へ行った。

 

 追いかけると男の子はひらがな表を持ってきた。

 

「ひらがな表?」

 

 男の子はひらがな表を開いて一言ずつ指を指していった。私はそれを読む。

 

「たけなか……なおと……君?」

 

 そう聞くと彼――竹中直人君は頷いた。

 

「えっと、喋れないの?」

 

 そう聞くと直人君はぼんやりと首を傾げた。

 

「その、言葉話せないの?」

 

 そう聞くと直人君は少し悩むようにしていたけれど、やがてひらがな表の文字を指さした。

 

「話せないけど……分かる……」

 

「話せないけど、読めるってこと?」

 

 そう聞くと直人君は頷いた。何かそう言う病気なのだろうか。

 

 そう考えていると直人君はひらがな表で「かくれんぼ」と指さした。私が戸惑っている隙に直人君は走りだした。

 

「ち、ちょっと待って!」

 

 私は駆けだした。直人君は意外に速く、私じゃ到底追いつけないぐらいだった。

 

 暫くホールを走り周り此処には居ないという考えに至った。私は病院内を捜し周り、気づけば駐車場に出ていた。

 

「直人君、何処なの?」

 

 そんな呟きに応えるかの様に、声が聞こえた。でもその声は直人君よりも低い、大人びた声だった。

 

 その声に誘われる様に私は歩き出す。その先には直人君と男性と女性の二人組がいた。そして直人君は怯えた様に後退りしている。私は堪らなくなって飛び出した。

 

「直人君! どうしたの?」

 

 私は直人君の前に立ってさり気なく男女二人から庇う様した。

 

「あ? お前無口野郎の知り合い?」

 

 男性の方が言った。男性は金髪でピアスもしている。私は街中にいるヤンキーを想像した。

 

「む、無口野郎って直人君の事?」

 

「へぇ、そんな名前なんだ」

 

「なんかつまんなー」

 

 女性の方が言った。こちらは茶髪だけど男性同様ピアスをしていて女ヤンキーをイメージしてしまう。

 

「あ、あの、直人君が何かしたんですか?」

 

「こいつがぶつかってきたんだよ。謝れっつってんのに何も喋んねぇし。だからちょっとお仕置きしてやろうかと思ってんだよ」

 

「お、お仕置きって……」

 

「お前が代わりに受けるでもいいけど?」

 

「おー、愁兄やっちゃえ!」

 

 女性の方が歓声を上げる。愁兄と言うってことは、この男性は女性の兄なのか。

 

「なぁ、お前名前は?」

 

「え、私?」

 

「そう。お前名前は?」

 

「え、えっと……風見、花乃、です」

 

「へぇ」

 

 私の名前を聞いて彼らは口角を上げて冷たい笑みを浮かべた。私はとめどない不安を覚えて無意識に後退りをする。

 

「な、何をするつもりですか……?」

 

「まぁ、直ぐ終わるから、安心しろよ」

 

「そーそー、大丈夫」

 

 私は自分の呼吸が段々と荒くなっていくのを感じた。直人君と私の背が病院の壁について逃げられなくなった。もう終わりだと思った瞬間、何処からか声がした。

 

「何をしてるんですか?」

 

 無愛想な低い声。男女二人の背後から聞こえた。私は背伸びをして声のした方を見る。やっぱりそうだ。

 

「せ、先生」

 

 私はどっと疲れを感じて直人君を抱き寄せて座り込んだ。

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