第ニ話:先生との約束
私は先生の話を聞いて妙に納得した。先生がいつもイライラしているのは子供が嫌いなのに小児科医に落とされたから。
そう考えると、なんだか途端に先生が怖くなくなった。それと同時に先生のことをもっと知りたいと思えてきた。
先生はきっとずっと努力して来たんだろうな。ずっとペンを持ち続けて、精神科医になる為に勉強をし続けたんだろうな。その努力を踏み躙られて、辛かっただろうな。
「先生の手握って良い?」
私は気づいたらそんなことを言っていた。言ってから恥ずかしくなった。でももう遅い。先生は少し驚いた顔をしていた。そんな顔を見るのは初めてだった。
「……まぁ良いけど」
先生の手を私の手を重ねる。先生の手は大きくて、私の手じゃ先生の手を覆い隠すことはできなかった。
「先生の手大きいね」
「ガキの手はちっせぇな」
「む……だってまだ10歳だもん」
私が頬を膨らませて言う。先生は少し考えるような顔をして言った。
「10ってことは、小4か」
「うん。算数は苦手だけど、でも絵を描くのは好き!」
「絵を描くのは、小学校だと図工か」
「うん! 図工の時間大好き。先生も絵とか描くの?」
ふとした疑問を私が口にすると先生はまた考えるような顔をしていった。
「あんま描かねぇな。精神科いた時はよく描いてたけど」
「精神科の時って...どんな絵を描いてたの?」
「その辺のもんだよ。柱とか壁とか。目の前のものを描けるようになろうってので患者とやってたから」
そんなものを書いていて楽しいのだろうか。そんな疑問が浮かんだがなんだか楽しそうだ。
「へぇ……なんか面白そう。先生の事、もっと知りたいな」
「あ? 何で」
「気になる、から」
先生は怖いけれど、何だかもっと知りたい気分になった。
「適当に質問でもしろ」
「じゃあ、好きな色は?」
「黒」
先生は即座に言った。真っ白な白衣を着ているのに黒が好きなのか。
「何か、先生らしいね」
「どういう意味だ」
「先生の、イメージカラー」
「はぁ?」
「先生って何考えてるか分かんなくて怖いのと、黒って何か怖い色だから、似てるなって」
「強引に結びつけるな。って言うか……そう思われてるんだな、俺は」
気だるげに言われた。これは事実だし本心だ。
「先生、もう一個聞いて良い?」
「良いけど」
「先生、何で子供嫌いなの?」
「苛つくから」
「どんな子供が?」
「お前みてぇな黙って言うこと聞かねぇガキだ。本当、嫌いだよ。見るたび苛つく。妹見てるみたいだし」
先生は苛立った声で言った。靴の先で床をトントンと叩きながら。
「妹いるんだぁ。何歳?」
「今年……10歳だな」
「え、花乃と同じ?」
「そう、だと思う」
「だと思うって……分からないの?」
「最後会ったの結構前だから覚えてねぇよ」
「会ってないの……? 家族なのに?」
家族って、いつも会うものじゃないのかな。違うのだろうか。
「妹が入院してから会ってない」
「え、入院?」
「妹は持病があってな。そのせいでよく体調崩してた。両親はいつも家にいないから世話は俺がしてた。でも俺は大学受験のために勉強しないといけなかった。なのに世話はしないと両親に殴られるし逆らえなかったから欠かさず世話して、勉強は後回し。流石に受験前日は勉強しようと思って世話は最低限のだけしてたら両親に勉強なんかしないで世話しろって怒られた。無視しようと思ったけど、また怒られて暴力振るわれたりしたら面倒だから世話して勉強しないで受験したら、落ちた」
「そんな……」
酷い。大事な勉強なのに。
「……二時試験の時も、世話に追われて勉強しないでしたら落ちた」
「……」
「後から分かったことだけど……両親は本当は仕事してなかったらしい。親父はギャンブル、母さんは不倫。子供死んだら色々面倒だから世話は俺に丸投げしてたらしい。どうせ大学行ったって金の無駄だし、だったら死なないように世話させれば良いとか思ってたらしい。……最悪だよな」
「そんな、酷い……」
「妹が居なけりゃ、俺はバイトして大学行って、あんなクソみたいな親に雑用任されずに済んだ。自分1人じゃ何もできない。自分で動けないガキは嫌いなんだ」
「……先生、花乃のことも嫌い?」
これで、嫌いだって言われたらどうしよう。
「黙って治療受けるなら、嫌いにならない」
「分かった。じゃあ、受けるから……一個約束して欲しい」
「何?」
「……花乃の病気が治ったら、いっぱい色んなこと教えてほしい」
私がそう言うと先生は戸惑ったような表情をした。
「……何、それ」
「花乃、まだ子供だから、何も知らないし、分からないから。いっぱい先生に教えてもらいたいなって。あ、勿論先生の事もね」
「……学校の先生に聞けば良いだろ」
「先生じゃないとやだ」
「……あー、はいはい。分かったよ」
「後、人を大事にして欲しいな」
「……何だよ、それ」
先生は面倒そうに言った。先生はパソコンを開いてキーボードを操作して色々と打ち込み始めた。私はそれを眺めながら思った。
先生にもう辛い思いをさせたくないと。
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