第43話 邂逅

 北の通りに入った瞬間、光景が一変した。


 通りの中央に、人が倒れている。


 一人ではなかった。十人以上が、石畳の上に倒れていた。老人がいた。子どもがいた。祭りの屋台を出していた商人がいた。意識がなかった。でも胸は動いている。


 通りの奥に、白い装束の人間が立っている。


 七人。

 

 全員が術式を展開していた。


「魔力枯渇型の術式だ」とエドヴァルトが言った。「殺しには来ていない。でも」

「このまま続ければ、体が持たない人間が出る」


 七人が一斉にこちらを見た。術式の向きが変わった。


「市民の方を先に」とシリルが言った。「倒れている人たちを安全な場所に移さないと」

「ミエル」とわたしは言った。

「はい」とミエルが即座に答えた。

「シリル、市民の誘導を」

「任せてください」シリルが動き始めた。声を上げた。「皆さん、こちらに、落ち着いて移動してください」

「レヴ」

「わかってる」レヴがすでに感知を展開していた。「七人。全員、術式の使い手だ。連携している。追加が来る可能性も考えろ」

「エドヴァルトと二人で前に出る」

「異論はない」とエドヴァルトが言った。


 七人が動いた。


 連携していた。三人が前に出て、四人が後ろに控えた。前の三人が拡散型の術式を展開した。広い範囲を一度に無力化しようとする術式だった。


 エドヴァルトが光魔法を展開した。


 収束型だった。一点に密度を集めた光が、前の三人を襲う。間一髪回避される。

 

 わたしが前に出た。


 後ろに控えていた四人が術式を組み直す。今度は個別の術式だった。わたしとエドヴァルトを別々に標的にする形だった。


 干渉域を展開した。

 

 四人のうち、エドヴァルト側を標的にしていた二人の術式の起点に干渉して、同時に崩す。

 エドヴァルトの光属性の術式が、無防備になった2人を穿つ。


「まずは二人」とわたしは言った。

「二人」とエドヴァルトが確認した。


 残りの五人が術式を切り替えた。


 今度は別の種類だった。攻撃型の術式だった。信者の中に、実戦経験がそれなりにある人間が混じっていた。


 火属性の術式が展開される。


 銃を抜いた。


 干渉域を前方に集中させながら、火の術式の起点に入り込んで、崩した。銃を向けた。撃った。足を狙った。倒れた。


「三人目」


 エドヴァルトが光魔法で二人を同時に制圧した。相手の術式を弾きながら、足元に光を叩き込む。


「五人」

「追加が来る」とレヴが声を上げた。「西から三人」


「わかった」


 後ろでシリルが市民を誘導していた。倒れていた人間が、少しずつ安全な場所に移されていった。ミエルが倒れている人の側に膝をついていた。


「ルネ」とレヴが言った。「西から来た三人の術式の質が、他の七人と違う」

「どう違う」

「精度が高い。訓練の量が違う。前の七人より危険だ」

「位置は」

「北西、二十メートル。速度が速い。十秒で到達する」

「エドヴァルト、残りを頼める?」

「任せろ」とエドヴァルトが言った。「三人くらいなら問題ない」

西に向き直った。


 三人が来た。


 レヴの言った通り、動きが違った。術式の展開が速い。三人が別々の術式を同時に展開した。光属性、火属性、氷属性。それぞれが違う属性だった。一つの干渉域では同時に干渉するのは困難だ。


 一歩後退した。


 感知を三人に向けた。


 光属性の人間が先行していた。火属性が左側、氷属性が右側に回り込もうとしていた。挟み撃ちの形だった。


 光属性の術式が組まれる。


 干渉域を前方に集中させた。光と闇は親和性が高い。吸収した。


 左から火が来た。


 横に跳んだ。かすった。上着の端が焦げた。


 右から氷の術式が展開される。


 銃を抜いた。撃った。氷の術式の起点を狙って撃った。直撃した。術式が霧散した。


 二人になった。


 光属性の人間が術式を組み直した。今度は収束型だった。密度が高かった。干渉域だけでは受け切れない可能性があった。


 前に出て距離を詰める。


 光属性の人間が術式を放つ直前に、干渉域を絞って、起点に入り込んだ。内側から崩した。

火属性の人間が動いた。近距離から火を展開しようとした。


 銃を向けた。2発。撃った。


 2人とも倒れた。


 三人全員、無力化した。


「終わった」とエドヴァルトの声がした。「こちらも片付いた」

「ルネ」とレヴが言った。「追加が来る。北東から二人、南から一人」

「きりがないわね」とわたしは言った。

「でも数が減っている」とレヴが続けた。「最初から比べると、組織的な動きが崩れている。指揮系統が乱れている可能性が高い」

「陽動かもしれない」とわたしは言った。

「陽動?」とエドヴァルトが聞いた。

「これだけの規模で動いて、目的がわからない。倒すことが目的なら、精鋭部隊を最初から送ってくる。でも全員さほど強くなかった。数は多いが——本命が別にある可能性がある」

「どこに」

「わからない。でもリアンがいる場所から考えれば——」

「神殿か」エドヴァルトが言った。顔色が変わった。

「そうかもしれない」

「確認が必要ね」

「追加が来る前に片付ける」


 北東から来た二人を干渉域と銃で処理した。南から来た一人をエドヴァルトが制圧した。

通りが静かになった。


「全員無力化しました」とシリルが言った。「市民の誘導も完了しています」

「ミエルは」

「ここです」とミエルが手を上げた。「意識が戻った方が六人います。重篤な方はいませんでした」

「よかった」


 レヴが「ルネ」と来た。「神殿の方角に、別の気配がある」

「どんな気配」

「一人だ。でも大きい。さっきの連中とは次元が違う」

「大きい、というのは」

「ボクがこれまで感知した中で、最大に近い規模で、光属性。でも——」

「でも」

「氷のように冷たい。温度がない」

「…………」


 神殿の参道の方向を見た。


 リアンが神殿にいる。


「行く」とわたしは言った。

「わかった」とエドヴァルトが言った。「わたしたちも行く」


 テロの現場から神殿に向かう参道は、街の喧騒から少し離れた場所にある。石畳が真っ直ぐ続いて、両側に古い木が並んでいる。昼間は参拝者が行き来するが、今夜は祭りで人の流れが街の中心部に集まっていた。


 だから、気配がはっきりわかった。


 複数の信者らしきまばらな気配の中に、1人だけぽつんと離れている。


 その一人の気配が、大きかった。


 通りの先で、何かを待ち構えるようにして、立っていた。


 感知が示す魔力の密度は、今夜戦ってきた信者たちとは次元が違った。光属性だった。でも温度がなかった。リアンの光とも、オーレリアの光とも、エドヴァルトの光とも違った。


 悲しみが結晶化したような光だった。


「前に何かいる」とエドヴァルトが走りながら言った。

「わかってる。一人、大きい」

「わたしが先に——」

「わたしが行く。あなたは他の信者をお願い」

「そうか」

エドヴァルトが少し間を置いた。何かを判断している間だった。「……わかった。ただし」


「ただし」

「無理だと思ったら、すぐに言え」

「そのつもりよ」


 参道の入り口で、エドヴァルトたちが止まった。


 わたしは一人で前に出た。



 石畳の真ん中に、一人の女が立っていた。


 長い外套。白い仮面をつけていた。仮面の向こうから、昏い翠色の目がこちらをじっと見据えている。


 すらりと背が高かった。


「闇属性の術者」とヴェスペラが言った。「あなたがルネ・ド・クロワールか」

「そうよ」わたしは答えた。「あなたがヴェスペラ・ソレイユね。オーレリアが言ってた」


 右手が上がった。


「では、話が早い。リアンを渡してほしい」

「断る」

「理由は」

「テロリストに妹を渡す姉がどこにいるの」


 ヴェスペラが——少し、目が動いた。仮面で顔は見えなかった。でも目の奥に何かが揺れた気がした。


「あなたと話してみたかった」とヴェスペラが言った。「聖女候補を守る人間が、どういう人間なのかを」

「話し合いなら武器を下ろしなさい」

「話しながら戦うことはできるか」

「……できなくはない」

「では、そうしよう。死ぬなよ」


 光魔法が展開された。


 冷たかった。


 展開した瞬間に、それがわかった。温度のない光だった。量は多かった。密度も高かった。でも一番特徴的なのは温度だった。生きた光ではなかった。悲しみの光だった。悲しみが凝固してできた、そんな光だった。


 干渉域を展開した。


 起点に入り込んで、崩そうとする。


 完全に吸収はできなかった。リアンの光なら、干渉域に触れた瞬間に溶け込んでくる。でもヴェスペラの光は、干渉域の外側で圧力をかけてきた。密度で押してくる光だった。


 干渉域の厚みを増した。魔力を余分に注いだ。


「あなたの闇魔法は温かい」とヴェスペラが言った。


 攻撃しながら、話していた。


「そう見えるの」

「見える。誰かに向かっているから温かいのだろう」


 ヴェスペラの光の角度が変わった。右から来ていたものが、左と上に分割された。干渉域を二方向に展開した。消耗が増えた。「わたしの魔法を見なさい。長い間、同じ感情を持ち続けた魔法はこういう形になる」

「悲しみの形ね」


 ヴェスペラが、一瞬止まった。


 攻撃が途切れた。


 本当に一瞬。


 ヴェスペラが高速で一点収束型の光魔法を展開する。リアンが誘拐されたあの日、アレンが行使していたものと同じ物だった。


 あの時、わたしはそれに苦戦させられた。当然、対策はできている。


 干渉する。素早く。昔より向上した魔力制御の技術がそれを可能にした。『高速干渉ハイ・インターフェア


 素早く起点に干渉し、わずか1ミリだけそれをずらす。術式は霧散した。


「ほう、これを防ぐか。評判通り、いや、それ以上の魔力制御だ」


 ヴェスペラが唸った。


 干渉域を絞った。一点集中型に切り替えた。ヴェスペラが展開している術式の起点を探した。


 左手の術式の起点に入り込んだ。


 崩した。


 左側の光が霧散する。そのタイミングを見計らい、銃を抜いた。


 ヴェスペラが術式を組み直す前に、右手の起点に干渉した。崩した。


「……干渉と銃を同時に使うか」ヴェスペラが後退した。距離を取った。「珍しい使い方だ」

「そうね。銃と魔法を併用する使い方自体、珍しいけど」


 例えるなら、数学と体育を同時にやるようなもの。好き好んでそんなことをする者は普通いない。


 新しい術式が展開された。


 今度は拡散型だった。面で来た。干渉域を広げた。面に対して面で受けた。でも広げた分、密度が落ちた。端から光が入ってきた。


 横に跳んだ。


「よく反応した」とヴェスペラが言った。「闇属性の術者は感知能力が高いから、軌道を読むのが得意なのか」

「そうね」

「では、軌道を読めないものはどうだ」


 ヴェスペラの術式が変わった。


 収束型に切り替わった。一点に全ての光魔力が集まっていく。エドヴァルトの拡散型や収束型とも違う——密度が段違いだった。


 感知で追った。


 軌道が、曖昧だった。


 狙点を固定していなかった。収束させながら、方向を決めていなかった。どこに来るかわからない状態で圧力だけを高めていた。


「厄介ね」


 圧力が来た。


 干渉域を全方向に展開した。球状の展開だった。消耗が一気に増えた。反動の第一段階が来た。しかし、ここで緩めることはできない。感知を鋭くする。


 鋭くなったことで、ヴェスペラの術式の内側がより細かく読めた。


 収束の中心点が見えた。まだ方向を持っていない、純粋な圧力の核だった。


 そこに干渉した。


 核の内側に入り込んだ。


 起点ではなく、核そのものに触れた。


 術式が、内側から揺れた。


 収束が、一瞬乱れた。


 その隙に銃を向けた。


 撃った。











こちらの百合作品もどうかよろしくお願いします😭 個人的には力作です。

『妹に弱みを握られて服従させられちゃう百合』

https://kakuyomu.jp/works/2912051598328301946 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る