第42話 祝祭
四年に一度のお祭り、星環祭の期間に入った。神殿が主催するお祭りで、『星環神』を讃えるものだ。
この期間は王国各地から多くの人が王都に押し寄せ、非日常が演出される。たくさんの屋台が立ち並び、賑わう。
リアンが「お姉様、今日は何を着ますか」と言った。わたしがまだ布団の中にいる時間だった。蹴飛ばされてベッドから落ちた翌日から、わたしは枕元に毛布を畳んで置くようにしている。床での就寝に備えるためだった。
「今から起きるところよ」
「では一緒に選びましょう」
「選ぶほど持っていない」
「わたしが選びます」
リアンがクローゼットを開けた。「お姉様のお召し物は黒と白が多いですね」
「闇属性だから」
「関係あるんですか」
「……ない」
前世からファッションには疎かったわたしは、モノトーンコーデだけを唯一の拠り所として生きていた。それは今世でも継続している、それだけの話だった。
「では今日は少し色のあるものを」
「黒でいい」
「でもお祭りなので」
「黒でいい」
リアンが少し間を置いた。「……お姉様」
「なに」
「わたしはお姉様に黒以外のお召し物を着ていただきたいんです」
「なぜ」
「かわいいと思うので」
結局、黒に近い紺色の上着を着ることになった。妥協点だった。リアンが「よく似合っています」と言った。「そう」と答えた。リアンが「かわいいです」と言った。「……そう」と答えた。指先で、意味もなく髪の毛をいじった。
街に出ると、空気が変わっていた。
人が多い。音が多かった。屋台が通りの両側に並んでいた。焼き菓子の匂い、香辛料の匂い、花の匂いが重なっていた。
リアンが歩き始めた。わたしがついていく形になった。
「お姉様、あれを見てください」
リアンが屋台を指した。大きな焼き菓子を売っていた。
「食べてみませんか」
「甘そう」
「では半分こにしましょう」
「あなたが全部食べなさい」
「半分こにしたいんです」
「……好きにしなさい」
焼き菓子を買った。リアンが半分に分けた。渡してきた。食べた。蜜に沈められるような心地がした。
「おいしいですか」
「……まあ」
リアンが自分の分を食べた。目が細くなった。「おいしいです」
「そう」
それ以上は言わなかった。やはりリアンの味覚は変わっている。焼き菓子を食べながら歩いた。
しばらく歩いたところで、見覚えのある後頭部が見えた。
エドヴァルトだった。
「奇遇ね」
エドヴァルトが振り向いた。「そうだな」
エドヴァルトの後ろにシリルとミエル、レヴがいた。「お邪魔でしたか」とシリルが言った。
「わたしは邪魔ではないわ」とわたしは言った。「リアンに聞きなさい」
「お邪魔ではないです」とリアンが即座に言った。「むしろ来てくれてよかったです」
「よかったの?」
「はい。お姉様は人数が多い方が嬉しいと思うので」
「そういう人間ではないと思うけど」
「でも嬉しそうですよ」
「どこが」
リアンが少し笑った。「ちょっとだけ、口元が」
少し離れた場所でミエルがジュースを飲んでいた。レヴが隣で「祭りで屋台のジュースを飲む姿はクールではないと思うが」と言っていた。ミエルが「クールな人もジュースは飲みます」と言った。レヴが「……そうだったか」と言った。「そうです」とミエルが答えた。
「あの二人は仲が良くなったのね」とわたしは言った。
「そうですね」とシリルが笑った。「最近はレヴさんがミエル様のジュースをよくもらっています。でも自分からは恥ずかしくて言えないらしく、ミエル様が毎回差し出しています」
「レヴが先に言えばいいのに」
「照れているんだと思います」
「13歳だから」
「年齢で判断してはいけないとおっしゃっていたと思いますが」
「……そうね。照れているから、ね」
射的の屋台があった。
エドヴァルトが「ルネ、勝負しよう」と言った。
「わたしが勝ったら何かもらえるの」
「景品を賭けましょう」とシリルが言った。「先輩は射的がそこまで得意ではないので」
「失礼なことを言うな」とエドヴァルトが言った。「不得意ではない」
「では得意ですか」
「……不得意ではない」
「同じことを言いました」とミエルが言った。
屋台の景品を見た。棚の一番上に、大きなぬいぐるみがある。熊に近い形だった。
「それね」
「はい」とシリルが言った。「先輩が取れたら、リアン様に差し上げましょう」
「わかった」
「先にやってみせよう」とエドヴァルトが前に出た。
銃形の的当て道具を手に取った。構えた。一発撃った。的が一つ倒れた。「当たった」また撃った。また倒れた。「まあまあではないか」と言った。続けた。七割ほど倒した。
「上出来ではないか」とエドヴァルトが言った。
「七割ね」とわたしは言った。
「そうだ。あなたはどのくらい倒せる」
「全部」
「……全部?」
「ええ」
道具を受け取った。構えた。
的の位置、揺れの幅、周囲の空気の流れ。弾の軌道を頭の中で計算した。
撃った。
一発で一つ倒した。次を撃った。倒れた。次。次。次。
全部倒れた。
「……」とエドヴァルトが黙っていた。
「全部ね」とわたしは言った。
ぬいぐるみを受け取る。そして、リアンに渡した。
「お姉様から?」
「景品よ」
「でも」リアンがぬいぐるみを両手で持った。顔がほころんでいた。「お姉様が取ってくれたんですよね」
「……そうね」
リアンがぬいぐるみを胸に抱いた。「大事にします」
「大袈裟ね」
「お姉様がくれたので」
「……好きにしなさい」
レヴが横からわたしの袖を引く。
「ボクも景品が欲しい」
「何の景品を」
「なんでもいい」
「……では次の屋台でも何か取るわよ」
レヴが少し耳を赤くした。「……そういうつもりで言ったわけでは」と言いながら、でも否定しなかった。
ミエルが「わたしもいいですか」と言った。「ジュース以外なら」とわたしは言った。「ジュースがいいです」とミエルが言った。
「自分で買えばいいのに」
「ルネさまに買ってほしいです」
「……なぜ」
「クールな人に買ってもらうジュースがいちばんクールなので」
「毎度論理がおかしい」
「でも飲みたいです」
「……好きにしなさい」
シリルが「先輩、ありがとうございます」と言った。「シリルには何もあげていないわ」とわたしは言った。「いい雰囲気をもらいました」とシリルが言った。「雰囲気はあげられない」「でも先輩がいると、みんなが楽しそうなので」
少し間を置いた。
「……そう」
「そうですよ」
しばらくして、リアンが「神殿で少し用事があるので」と言った。
「護衛がいなくてもいいのか」
「神殿の中なので、護衛が入れない場所があって」リアンが言った。「一時間ほどで戻ります。エドヴァルト様たちもいることですし」
「……わかった」
「待っていてください」リアンが言った。ぬいぐるみを抱えたまま言った。「戻ったら、また一緒に回りましょう」
「そのぬいぐるみ、神殿に持っていくの」
「はい」
「神殿に」
「お姉様がくれたので」
「……行きなさい」
リアンが歩いていった。
ぬいぐるみの頭が、人混みの中で少しずつ小さくなっていった。
「仲がよろしいですね」とシリルが言った。
「護衛だから一緒にいるのよ」
「護衛とはそういうものでしょうか」
シリルが笑った。エドヴァルトが「護衛というのは大変だな」と言った。
祭りの音が、しばらくしていた。
街の奥から音がした。
普通ではない音だった。
人の声の向きが変わった。悲鳴が聞こえて、走っている人間が出てきた。
感知を展開する。
北の方角に、複数の魔力の気配があった。
白い装束の気配と同じ質だった。
「エドヴァルト」
「わかってる」とエドヴァルトがすでに立っていた。顔が変わっていた。先ほどまでの緩んだ顔ではなかった。「北だ」
ミエルがジュースを下ろした。レヴが前を向いた。シリルが「市民の誘導を」と言った。
5人で走り始めた。
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