第38話 合同実習
合同実習が始まって、数日が経った。
わたしとリアンに割り当てられたのは、森での植物採集だった。きのこと薬草をいくつか集めて提出する。それだけの課題だった。
簡単な部類の実習で、わたしは拍子抜けしていた。思えば、誘拐犯と戦ったり、襲撃犯と戦ったり、最近殺伐としていたから、これくらいの平和回があってもいいかもしれない。
森の中は静かだった。
木々が光を遮っていて、地面に落ちる影がまだらになっている。湿った土の匂いがした。足元に、名前のついている植物がいくつもある。
リアンが隣を歩いていた。
「お姉様、実習用のお召し物もよくお似合いです」
少しだけ遅れて、その言葉を受け取った。
「ありがとう。リアンも、よく似合ってるわ」そう言ってから、少しだけ間を置いた。「ただの行装だけど」
リアンが小さく笑った。
しばらく歩いた。
足元に生えていた薬草を摘んだ。葉の形と色を確認して、毒性がないことを確かめてから、カゴに入れた。
リアンも同じようにしていた。
動きが少しぎこちなかった。慣れていないのだと思った。きのこを一つ見つけて、わたしはそれを指で示した。
「これは食用」
「よく見分けがつきますね」
「慣れればね」
それだけの会話だった。でも、春の日差しのように心地が良かった。
「お姉様がいてよかったです」
リアンが言った。手元は止めずに、そのまま続けた。
「植物に詳しいので」
理由としては、正しかった。わたしは薬草を一つ摘んで、カゴに入れた。
「それだけ?」
聞いてから、少し言い方が違ったかもしれないと思った。
リアンが顔を上げた。一瞬だけ、考えるような顔をした。
「……それだけ、じゃないです」
言い直した。
「安心します」
それ以上は続かなかった。わたしは頷いた。言葉にするほどでもない、と思った。
少し先に、群生しているきのこが見えた。
同時に、足を止めた。
違和感があった。
風が動いていないのに、葉が揺れた気がした。
気のせいという可能性もあった。ただ、気のせいではない場合の方を考えた。
「リアン」
「はい」
「少し下がって」
リアンがすぐに動いた。理由は聞かなかった。
視線を森の奥に向けた。気配はまだはっきりしない。でも、何かがいる。そういう感じだけはあった。
感知を展開した。
次の瞬間、理解した。
近い。
思っていたより、ずっと近い。背筋に冷たいものが走った。
魔力の塊がある。形が曖昧なまま、こちらへ向かってくる。質が重かった。ただの魔獣じゃない。嫌な感じがした。
「リアン」
声を落とした。
「落ち着いて聞いて。魔獣が来てる。東——出口の方に下がるわよ」
「わかりました」
即答だった。
理由は聞かない。
そのまま、動いた。
走り出した。足場は悪い。根が張り出している。速度を落とさないようにだけ意識した。
数歩。
それで、遅いとわかった。
「ガルルルルルルルッ――――」
音が、後ろから来た。
振り向く。
森の奥、木々の隙間から、それが現れた。
灰色の毛並みだった。巨大な体躯。地面を踏むたびに、空気が震えた。頭が三つある。それぞれが別の角度でこちらを見ていた。三対の目が、同時にわたしとリアンを捉えている。
目が合った。
「……ケルベロス」
言葉に出す。現実として固定するために。
なぜここにいるのか、という疑問は後回しにせざるを得なかった。
来る。
距離が消える。
一瞬だった。
中央の頭が低く沈んだ。踏み込みの前動作だ。三つの頭が同時に向きを変えた——中央がわたしを、左がリアンを。別々の標的を同時に処理しようとしている。そんな意図を感じた。
軌道を読んだ。次に、リアンの位置を確認した。
間に合わない。
「リアン!」
前に出た。
体を割り込ませるようにして間に立ちながら、銃を抜いた。
二発。中央の頭部を狙った。
弾かれた。
見えない膜に触れたように、弾道が逸れた。着弾した瞬間、魔力の壁が薄く展開されて、銃弾の運動エネルギーを殺した。
魔力防壁。通常弾は通らないと判断した。
距離が近い。避ける余地が少ない。
突進してくる。強い風圧がこちらに押し寄せた。三つの頭がそれぞれ別の軌道で来る。一つを避ければ、別の一つが当たる。
黒霧は使えない。嗅覚で位置を取られる。
共鳴で防壁を消して、そのまま撃つ——距離が近すぎた。共鳴を発動するより先に爪が届く。
横で、光が動いた。
リアンだった。右手を上げていた。
術式が組まれていく。速い。収束型の術式だった。展開型とは違う——一点に全ての光魔力を圧縮していた。放出まで一秒かからなかった。
細い光線が走った。線径は指ほどしかない。だが密度が違った。空気が焼ける音がした。
直撃。
防壁が、内側から割れた。
ケルベロスの左脚部に、穴が穿たれた。
「グルルルルルルルッ――――」
体勢が崩れた。三つの頭がばらばらに揺れた。踏み込みの力が左に逃げて、突進の軌道がずれた。
足が止まった。距離が開いた。
今だ。
リアンの手を引いた。
「走って」
「はい」
方向は東、出口へ。
走りながら感知を後方に向け続けた。ケルベロスの魔力の輪郭を追った。脚を負傷しているが、動きは止まっていなかった。三つの頭がそれぞれ別の速度で向きを変えている——ばらついていた思考が、今また一点に収束しようとしていた。
標的を定め直している。
「来る」と言う前に、背後で地面が鳴った。
振り向いた。
ケルベロスが跳んでいた。
三つの頭が同時にこちらを向いていた。爪が広がっていた。全力だった。負傷した脚をかばう素振りもなかった。
この速度では避けられない。リアンだけ逃がすことはできる——
だが、間に合わない。
わたしはリアンを庇うように前に立ち、目を瞑った。
「お姉様っ!!!」
リアンの悲痛の声が、森に響いた。
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