第27話 来訪
神殿でオーレリアと知り合ってしばらく経った日の午後、わたしは一人で研究室にいた。
オーレリアのことを考えていた。
あれから、何度か言葉を交わした。神殿での行事が重なることもあって、接点が増えていた。そのたびに、完璧な外面の中にある小さな違和感に気づいていた。それに、興味がわいていた。
研究に戻ろうとして、文献の同じ行を三度読んでいることに気づいた。
ノックがあった。
「どうぞ」
扉が開かれる。
オーレリアが立っていた。
「突然のご無礼をお許しください。ルネ様」
プラチナブロンドの髪が風に揺れて煌めいた。翠色の目がこちらを見ていた。いつもの完璧な立ち姿だったが、目が少し揺れていた。来ることを迷った痕跡が、その目に残っていた。
「ルネ様が闇属性魔法のご研究をなさっていらっしゃると伺い、そのお話をぜひお聞かせいただきたくてまいりました」
オーレリアは淡々と言った。
ライバル陣営の偵察か、と一瞬思った。でもそういう雰囲気ではなかった。策略のある目をしていなかった。ただ純粋に、実験の内容が気になっているという顔だった。
「いいわよ。そこにかけて。紅茶でいいかしら」
「ええ。お気遣い感謝いたします」
オーレリアが椅子に座った。背筋が真っ直ぐだった。
湯を沸かしながら、少し考えた。
なぜ来たのか。研究の話が聞きたいなら、エドヴァルトを通じて連絡を取ることもできたはずだった。でも直接来た。それがどういう意味かを、今はまだわからなかった。
紅茶を二つ、机の上に置いた。
向かいに座った。
「まず確認させてください」オーレリアが茶器を両手で持ちながら言った。「闇魔法は、あらゆる属性の魔法でも吸収できるわけではない、という解釈でよろしいのですか」
「そうね。親和性の高い光属性魔法ならほぼ完璧に吸収できる。でも親和性がそれほど高くない他属性の魔法に対しては、完璧とはいかない」
「その親和性の高低は、いったい何によって定まるものなのでしょうか」
「まだ完全には解明されていないけれど——光と闇は構造が鏡像になっている。起点が同じで、魔力の方向が逆。だから干渉しやすい。他の属性との親和性は、構造の類似度による」
オーレリアが頷いた。メモは取っていなかった。でも聞いたことを全部、頭の中に収めている顔だった。
「ではリアン様との干渉実験で、光魔力が闇魔力に吸収されなかったのは——」
「反発も吸収もせず、共鳴したのは別の話よ。親和性の問題というより、術者間の問題。そこのところは、まだ調査中よ」
「術者間の問題」オーレリアが繰り返した。「つまり、誰でも同じことができるわけではない、と」
「できないと思う。少なくとも、異なる条件で再現できたことはない」
オーレリアが少し間を置いた。
「……羨ましく思います」
「何が」
「そういう相手がいることが」オーレリアが窓の外を見た。「魔法的な意味で、ということでございますが」
魔法的な意味で、とつけ加えた。
「ところで」オーレリアが視線を戻した。「ルネ様が銃を携帯されている理由は?」
「闇属性魔法は物理的な攻撃手段に乏しいから、補完するために使っている」
「魔法の代わりに、ということでしょうか」
「そうね。いつかは、闇属性の有効な攻撃魔法を開発したいと思っているけれど」
「魔法使いが銃を持ち歩くことを、奇妙だと思ったことはありますか」
「思わない」とわたしは即座に言った。「必要だから持っている。奇妙かどうかは他人が決めることでしかないわ」
オーレリアが少し止まった。
「そうですね」と静かに言った。「わたしが聖女候補として振る舞うことを奇妙だと思う人間はいない。でも、なぜそうするのかを聞いてくれる人間もいない」
「聞いてほしいなら聞くわ」
「……聞いてくださいましたね」とオーレリアが言った。
「そうね」
「ルネ様は、お優しいですね」
返事をしなかった。
オーレリアが少し笑った。普段は笑わない顔が、今日二度目、少し緩んだ。
質問は一時間ほど続いた。
闇魔法の感知能力の仕組み。銃の口径と魔法との使い分けの判断基準。干渉実験の記録の取り方。どれも研究者として的確な質問だった。
感情的な探りを入れてこない。でもときどき、研究から外れた言葉が混じった。
「リアン様は、図書館に毎日来るんですか」
「用事がない時は、いつも」
「楽しそうですね、いつも」
「そうね」
「……ルネ様は」
「何?」
「楽しいですか。リアン様が来ることが」
答えなかった。
答えなかったが、紅茶を一口飲んだ。
オーレリアがその沈黙を、答えとして受け取ったらしかった。「そうですか」と言って、次の質問に戻った。
「ありがとうございました」
一時間が経って、オーレリアが立ち上がった。
「また、聞きに来てもいいですか」
「来たければ」
「来ます」オーレリアが扉に向かった。途中で振り返った。「ルネ様」
「なに」
「今日来てよかったです。研究の話が聞けたこと、もちろんそれもですが」
「他に何があったの」
オーレリアが少し間を置いた。
「ルネ様といると、話しすぎてしまいます。普段は話さないことまで」
「それは困ること?」
「困らないんです」オーレリアが言った。「それが、一番不思議で」
扉が閉まった。
一人になった。
研究室が静かだった。
机の上に茶器が二つあった。オーレリアが使った方を見た。
話しすぎてしまう、と言っていた。わたしに対して。
研究の話だけをしに来たわけではなかった、ということが、今頃になってはっきりわかった。
文献を開いた。
今日は集中できそうになかった。でも開いたままにした。
窓から午後の光が入っていた。プラチナブロンドに近い光だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます