神殿編

第26話 ライバル

 白い光が差し込んでいた。


 神殿の大広間だった。天井が高かった。窓から差し込む光が、床の石畳を白く染めていた。


 今日、私はここでリアンと結婚する。


 神官がわたしに目を向けた。


「誓いますか」


 少し間があった。


「誓う」


 神官がリアンに目を向けた。


「誓いますか」


 リアンがわたしを見た。


「誓います」


 即座だった。迷いがなかった。もう少し迷ってもいいんじゃないかと思った。


 「指輪を」


 エドヴァルトが横から差し出した。なぜエドヴァルトがいるのか、ちょっと違和感があった。


 指輪を受け取った。リアンの左手に通した。

 リアンがわたしの左手に通す。


 「誓いのキスを」


 リアンが一歩近づいた。


 少し屈んだ。


 唇が——


「お姉様」


 声がした。


「お姉様、起きてください」


 目が開いた。


 天井だった。馬車の天井だった。




 結局、結婚の話は当分周囲には秘密にしておくことにした。

 

 この世界は同性愛に対する理解は元の世界より低いし、ましてや姉妹だ。禁忌×禁忌である。時が来たら、みんなに話そう。そういう話になった。

 

 ということで、今は神殿に向かう馬車の中だ。

 

「リアン、緊張しないで」


 わたしは言った。


 リアンが微笑んだ。「大丈夫です。お姉様が見てくれるので」


 その笑い方が少し硬かった。いつものリアンではなかった。でも何も言わなかった。言っても逆効果になる気がした。


 



 神殿主催の聖女候補合同審査。


 王国各地から集められた聖女候補が一堂に会して、所作、魔法の制御、神殿関係者への対応の三項目が審査される。


 今年の参加者は五人。全員がリアンとほぼ同年代だった。


 わたしはリアンの従者として帯同を許可された。闇属性の術者が神殿に入ることを、関係者の何人かが快く思っていないのは顔に出ていた。でも誰も言わなかった。ルネ・ド・クロワールがリアンの姉であることは知られていたし、先の外部術者侵入の件や、リアン誘拐の件で闇魔法の防衛的価値が証明されていた。


 会場の外壁に沿って立ち、審査の様子を見ていた。


 五人の聖女候補を観察した。


 一人一人の魔力の質を感知した。皆、水準以上だった。


 でもリアンが突出していることはすぐわかった。同年代では、どの審査項目もリアンが申し分なかった。これは心配いらない——そう思っていた。


 審査が後半に差し掛かったとき、最後の参加者が前に出た。


 神殿関係者が動きを止めた。


 プラチナブロンドの髪だった。


 背筋が完璧に真っ直ぐだった。歩き方に一分の隙もなかった。前に出る前から、会場の空気が変わっていた。


「次代の聖女は君が最有力だな。オーレリア・ソレイユ」


 審査官の一人が、審査が始まる前から言った。


「もったいないお言葉、感謝いたしますわ」


 オーレリアが答えた。声が澄んでいた。感情が乗っていなかった。でも失礼ではなかった。

 

 オーレリア・ソレイユ。乙女ゲーム『星読みのガーデン』で、リアンのライバルとして立ちはだかる、聖女候補。プラチナブロンドの長い髪に、翠色の目。透き通るような白い肌。ライバルで女性キャラながら、人気があったキャラクターだ。



 完璧な距離感だった。


 所作の審査が始まった。


 完璧だった。


 礼の角度、手の位置、視線の向き——全部が教本の通りだった。でも教本的すぎて硬い、という印象がなかった。それが体に染み込んでいた。長年の訓練の積み重ねが、一つ一つの動作に出ていた。


 魔法の制御審査に移った。


 光魔法が展開された。


 眩しかった。


 量が多いのではなかった。密度が高かった。無駄がなかった。展開して、収束して、方向を変えて——全部の動作が最短距離で行われていた。迷いがなかった。制御という言葉をそのまま体現したような魔法だった。


 神殿関係者が口々に何かを言っていた。


「さすが亡き聖女の娘だ」「次代は決まりだ」という言葉が聞こえた。


 隣を見た。


 リアンが真っ直ぐ前を向いていた。


 オーレリアの魔法を見ていた。


 その横顔が、少し違った。いつもとは違う種類の緊張があった。認めている顔だった。本物を目の前にして、正直に認めている。


「お姉様」

リアンが小さく言った。

「なに」

「あの方には——勝てないかもしれません」


 ルネの見た目のような問題ではなかった。技術の話だった。リアンは正確に見えていた。オーレリアの魔法制御の精度が、自分より上だと認識していた。


「大丈夫よ。リアンも負けていない」

わたしは言った。


 審査が続いた。


 オーレリアが展開した光魔法の最後の一手——収束させた光を一点に集めて、静かに解く。爆発させない。広げない。ただ、静かに消す。それが一番難しい制御だった。

できた。


 完璧に。


 神殿関係者から拍手が起きた。


 わたしは拍手を聞きながら、リアンの光魔法と見比べていた。


 違う、と思った。


 オーレリアの光は眩しかった。精密だった。制御されていた。


 リアンの光は温かかった。


 量でも精度でもない、何か別の質があった。干渉実験で何度も触れてきたから知っていた。リアンの光魔力は、誰かを守ろうとするとき、質が変わる。それはオーレリアの制御された光とは、種類が違うものだった。


 どちらが上か、という話ではなかった。


 でもそれを言葉にする機会は、今日ではなかった。



 全ての審査が終わった。


 関係者が集まって総評を話し合っていた。結論は出る前からわかっているような雰囲気だった。


 リアンが近くに来た。「どうでしたか」と聞いた。自分の審査ではなく、オーレリアへの評価を聞いていた。


「強い」とわたしは言った。

「そうですよね」リアンが少し息を吐いた。「技術が全然違いました。制御の精度も、所作も」

「でも」

「でも?」

「今日の審査で、あなたが劣っていたわけではない」

「お世辞ですか」

「言わない」


 リアンが少し笑った。「そうですね。お姉様はお世辞を言わない人でしたね」


 その笑い方は、さっきより柔らかかった。


 そのとき、気配がした。


 振り向いた。


 オーレリアが歩いてきた。審査が終わって、関係者への挨拶を済ませた後だった。こちらを見ていた。目が合った。逸らさなかった。まっすぐ来た。


「リアン・ド・クロワール様、ルネ・ド・クロワール様」

 

 立ち止まって、礼をした。角度が完璧だった。隙がなかった。「初めまして。わたくしオーレリア・ソレイユと申します」


「リアン・ド・クロワールです。こっちが、姉のルネです」リアンが答えた。「ご活躍、拝見しました。素晴らしかったです」

「感謝いたします」オーレリアが言った。淡々としていた。無礼ではなかった。でも距離があった。感情を表に出さない人間の、礼儀正しい遠さだった。


 それからわたしを見た。


「ルネ様のご高名は、かねてより伺っておりました」

「どんな噂を」

「闇属性の研究者としてご活躍なさっていること、そして光と闇の干渉実験をお進めになっているとのお噂も」オーレリアが言った。「一度、詳しくお話を伺えればと思っていました」

「今日ここで?」

「今日ではございません」オーレリアが少し間を置いた。「機会がございましたならば、ということでございます」


 そう言って、リアンに視線を戻した。


「リアン様の光魔法、拝見しました」

「あなたの方が素晴らしかったです」リアンが言った。正直に言っていた。


 オーレリアが少し止まった。


 一瞬だった。本当に一瞬だったが、止まった。


「そうでございましょうか」と言った。

「制御の精度が全然違いました。わたしにはまだ——」

「リアン様の光は」オーレリアが遮った。「温かかった」

リアンが止まった。

「技術の話ではなく」オーレリアが続けた。「ただ、そう感じました」


 それ以上言わなかった。


「失礼いたします。また、機会がございましたら」


 礼をして、歩いていった。


 背筋が最後まで真っ直ぐだった。


 二人で見送った。


「温かかった、って言ってくれましたよ」リアンが少し意外そうに言った。「あの方が、そういうことを言うとは思っていなかったです」

「そうね」

「お姉様は、あの方のことどう思いましたか」


 考えた。


「強い人よ」とわたしは言った。「一人で抱えすぎている気もするけれど」

「どうしてそう思うんですか」

「目が、そういう目をしていた」

リアンが少し考えた。「そういう目、というのは」

「一度も休らんだことがないような目よ」


 リアンが黙った。それからオーレリアが歩いていった方向を見た。「……またお話できればいいですね」

「できると思う」

「なぜですか」

「また来ると言っていた。わたしのところに」

リアンが少し止まった。「お姉様のところに?」

「研究の話が聞きたいと言っていた」

リアンが少し間を置いた。「……そうですか」

「何?」

「何でもないです」リアンが笑った。どこか考えているような笑い方だった。「帰りましょう、お姉様」


 神殿の出口に向かって歩き始めた。


 午後の光が回廊に落ちていた。


 オーレリアの「温かかった」という言葉を、リアンがまだ手の中で転がしているような気がした。


 わたしも同じように、オーレリアが一瞬止まったことを、頭の中に置いていた。


 あの一瞬が何を意味するか。


 その答えがわかる日も近いと直感していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る