番外編 デート
「そ、その……お姉様、デートしませんか」
ある朝、部屋に来たリアンが顔を真っ赤にして、目線を逸らしながらそう言った。
「デート?」
もう何年も聞いていない言葉で、それが世間一般で「恋人同士のお出かけ」を意味すると気づくのに少し時間がかかった。前世はともかく、転生してからは魔法の練習と研究で、そんな暇はなかった。
「お姉様とお出かけしたことなかったので、ぜひ行きたいなって……」
断る理由がない。
「いいけど、デートって具体的に何をするの。あいにく詳しくなくて」
「申し訳ありません。私も、したことがなくて……」
意外だった。リアンほどの淑女が殿方とデートをしたことがないとは。ゲームでは多くの男が取り合う存在だったのに。
「まあいいわ。用意するわよ」
胸の奥が少し軽くなるのを感じながら、そう言った。
二人で学院を出て街へ繰り出すと、日差しが淡い粉のように白く降りそそぎ、暖かなそよ風が吹き抜けていく。休日の街はたくさんの人で賑わい、目を離すと離れ離れになりそうだった。
「手、繋ぐ?」
「いいんですか」目を輝かせて、恐る恐る握ってくる。震える指先が手のひら越しに伝わる。「お姉様、私、幸せです」
そんなに喜ばれると、少し照れ臭くて目を逸らした。露店の食べ物や、火を吹く大道芸を覗きながら歩く。リアンが何かを見つけるたびに立ち止まるから、自然と歩みが遅くなって、それでいい気がした。
花屋の前で足を止める。リアンが店先の花を一本ずつ見ていた。
「どれが好き?」
「白いのが好きです。主張しすぎないから」
「あなたらしくないわね。もっと華やかなものを選ぶと思っていた」
「そうですか? お姉様は?」
色とりどりの花を見る。以前なら興味を持たなかったかもしれない。でも今日、リアンと並んで見ていると、どれか一つ選べる気がした。
「青いのが好きかもしれない」
「似合いますね。お姉様に」
照れ臭くて、黙って歩き始める。手は繋がったままだった。
街の中ほどで、リアンが小さな宝石店の前で立ち止まる。店先のガラスケースの中央に、淡く光る石が二つ、対になって置いてあった。透明に近い白で、光の角度によって青にも紫にも見える。値札の横の小さな札に、恋人石、とある。
知っていた。この国の慣習で、恋人が相手の安全を願って贈る石。対の一つを自分が持ち、もう一つを相手に贈る。離れていても繋がっている、という意味がある。
「恋人石よ。相手の安全を願って贈るの。対になっていて、一つずつ持つ」
ガラスケースを見たまま、リアンが黙っている。何かを考えているような間。わたしは店の主人を呼んだ。
「その恋人石を。二つ、ください」
包んでもらった石を小さな箱に入れてもらい、店を出て、人通りの少ない路地の噴水の縁に腰かけて箱を開ける。二つの石が並んでいた。一つを取り、リアンの手を取って乗せる。
「贈るわ。無事でいてほしいから」
続けようとして言葉が一瞬止まったが、止めなかった。
「あなたに何かあったとき、わたしが気づけるように。そういう意味も、込めておく」
顔を上げたリアンの耳まで赤い。傾いた夕方の光が横顔を橙に染めている。照れているのに逃げず、真っ直ぐわたしを見ていた。
「お姉様。好きです」さっきより真剣な声。「この石を一生、持っていてもいいですか」
「……いいわよ」
「絶対に、なくしません」
言い切る。その目が、月見石の夜と同じ、一度決めたら曲げない目をしていた。
もう一つの石を、わたしが手に取る。
「わたしも持っておく」
「……本当に?」
「本当よ。おかしい?」
「おかしくないです。うれしいです。すごく」声が少し震え、それでも笑っていた。
指先で転がすと、光の角度で青に見えた。月見石に似ている。暗い中にある光。わたしの魔法をそう言ったリアンの言葉を思い出す。
「わたしも、同じ気持ちです。安全でいてほしい。何があっても、そばにいてほしい。ずっと」
ずっと、という言葉の重さを測って、受け取った。
「……わかった」
それだけで十分だった。リアンが頷く。
帰り道、夕日が山の向こうへ沈んでいく。橙と紫が混ざった空。闇に近い紫と光に近い橙が、境界で溶け合っている。光属性でも闇属性でもない、どちらでもある色だった。手を繋いで歩きながら、リアンが空を見上げる。
「今日、楽しかったです。デートって、こういうものなんですね」
「わからないけど」とわたしは言った。「悪くなかった」
笑うリアン。石が手の中にあって、温かい。石の温度なのか、リアンの手の温度が伝わっているのか、わからない。どちらでもよかった。
学院の門が見えてくると、リアンが手を少し強く握る。帰りたくない、という意味だとわかった。握り返して、もう少しだけゆっくり歩いた。
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