番外編
番外編 夢
夢を見た。知っている場所だった。
学院の廊下なのに色が違う。光が足りず、壁は灰色で床は冷たく、廊下の端が闇に溶けている。モノクロの世界。前世でプレイしたゲームの中だと、夢の中で感じていた。
廊下の向こうにリアンがいる。光属性の魔力を纏って眩しく、攻略対象たちに囲まれて笑っている。誰からも愛され、物語の中心にいる。その光景を廊下の端から見ていると、何かが込み上げてくる。
嫉妬だった。あなたばかり光の中にいる。わたしはここにいるのに、ずっとここにいるのに、誰も見ない。
手が動いて、闇魔法を展開している。止められない。暗い霧がリアンへ向かい、気づいて振り向いたその顔へも、止まらない。
「お姉様——」
光が炸裂する。リアンの光魔法が闇を飲み込み、逆流した霧がわたし自身へ返ってくる。明るいのに冷たい。体の内側から崩れていく。リアンの声が遠ざかり、体が沈み、断末魔だけが出た。
目が覚めると、自分の部屋の天井だった。荒い息、速い鼓動、首筋の汗。夢だとわかっているのに手が震えている。あの嫉妬の感触が、妹に闇魔法を向けた感触が、まだ体に残っている。
窓の外はまだ夜で、月が中天にある。真夜中を少し過ぎたころだろう。前世のゲームで、ルネはリアンを害そうとした。嫉妬に負けて消えていった人間。わたしは転生して、その道を歩まないようにしてきた。なのに今夜、夢の中でその道を歩んだ。
ノックがあった。深夜に。
「……どうぞ」
扉が開く。寝間着のリアンが、髪を少し乱して立っている。一年棟からこのまま来たのだろう。
「お姉様。起きていましたか」
「起きていた。どうしたの、こんな時間に」
「怖い夢を見て。目が覚めたら、また眠れなくて。寝るのが怖くて、お姉様のところに来てしまいました」
「一人で、真夜中に、一年棟から」
「はい」少し俯く。「迷惑でしたか」
迷惑かどうかに答える前に、今夜の夢が頭をよぎる。リアンに闇魔法を向けて、断末魔を上げて目が覚めた夢。その夜に、リアンがここへ来た。
「迷惑じゃない。入りなさい」
扉を閉めたリアンに、どんな夢かと聞く。
「暗い夢でした。お姉様が、お姉様でなくなる夢」
胸の奥で何かが動く。
「ここに来たら、いつものお姉様がいました。いてくれてよかったです」
わたしはリアンを傷つける夢を見て、リアンはわたしがわたしでなくなる夢を見た。同じ夜に、同じような夢を。
「一緒に寝てもらえますか」照れたような、切実な声。「一人では眠れそうになくて」
「いいわよ」
ベッドに入り、掛け布団を分け合う。月明かりが薄く差し込む静かな部屋で、二人で天井を見ていた。
「お姉様も、何かありましたか。目が覚めたばかりの顔をしていたから」
この子はいつも気づく。
「夢を見た。……怖い夢」
「似ていますね。二人とも怖い夢を見た夜に、同じ場所にいる」
不思議、では足りない気がしたが、それ以上の言葉も出ない。
「お姉様。手、繋いでもいいですか」
布団の中で差し出された手を繋ぐと、温かい。夢の中で感じた嫉妬の冷たさが遠ざかる。あの感触が夢の中だけのもので、現実になることはないと、今夜のこの温かさが教えてくれる気がした。
「おやすみなさい、お姉様」
「おやすみ」
リアンの呼吸が少しずつ深くなる。眠ったのだろう。手を放さなかった。放したら気づいて目を覚ますかもしれない——そう思ったのが言い訳だとも、わかっていた。放したくなかった。ただそれだけだ。
月明かりの中でリアンの寝顔を見る。今夜の夢で闇魔法を向けた、その先にある顔。でも目の前のリアンは穏やかに眠り、傷ついていない。わたしはあの道を歩まなかった。前世のルネが歩んだ道を、歩みたくなかった。歩む理由がなかった。リアンに向けるべきは、嫉妬ではない。では何か、と問われたら——今夜の手の温かさが、答えの一部だった。
目を閉じる。規則正しくなっていくリアンの呼吸を聞きながら、眠りに落ちた。深夜、二人きり。今度は夢を見なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます