第6話 別れ
馬車が門の前に来たのは、夜明けの少し後だった。
荷物は昨日のうちに積み終えていた。今朝やることは、屋敷を出て馬車に乗るだけだった。それだけのことだったが、朝食の間ずっと、リアンが黙っていた。
気づいていた。
気づいていたが、何も言わなかった。言える言葉が見つからなかった、というより——言葉にしたら、リアンが泣くような気がした。泣かせたくなかった。理由は考えないことにした。
「行ってきます」
両親に言って、玄関に向かった。私は王都にある魔法学院に入学する。寮に入るので、この家からは出ていくことになる。
「ついにルネも魔法学院生か。家からいなくなるのは寂しいな」
父は言った。言葉に反して、顔は全然寂しくなさそうだった。父から見た私は、所詮出来損ないの光属性魔法使いだから当然だ。
後ろから足音がした。
小さな足音だった。リアンだとわかった。最近この足音の種類を把握していることに、出発の朝に気づいた。遅かった。
玄関の扉を開けた。外の空気が入ってきた。朝の、まだ少し冷たい空気だった。
馬車が見えた。御者が帽子を脱いで一礼した。荷台に荷物が積んである。これから4年、この屋敷には帰省のときしか戻らない。
一歩踏み出そうとした。
袖を掴まれて、振り返る。
リアンが立っていた。朝の普段着のままだった。髪がまだ整っていなかった。起き抜けに飛んできたのがわかった。
袖を掴んでいる手が、小さい。
「……リアン」
リアンが顔を上げた。泣いていなかった。泣きそうでもなかった。ただ、何かを言おうとして言葉が見つからないような顔をしていた。
わかった。この子は今、わたしと同じ状態にいる。自分の感情の正体が、わかっていないんだ。
「手紙を書く」とわたしは言った。「月に一度は必ず」
「……はい」
「返事は書けそう?」
「書きます」
「じゃあ待っている」
リアンがわたしを見た。
「お姉様」
「なに」
「向こうでも、夜に練習していますか」
夜の練習——闇魔法のことだった。あの夜のことを、まだ覚えていた。
「するわよ。やめる理由がないから」
「そうですか」リアンが少し間を置いた。「月が出ていたら、わたしも外で見ています」
「何を」
「月を。お姉様と同じ月を見てたら、なんか、繋がってる気がするから」
繋がってる気がする。
その言葉をしばらく頭の中に置いた。同じ月を見ている、それだけのことで繋がってる気がする——この子はそういう詩的ことをよく言う。そう言った後で、いつも決まって頬を赤く染めた。
袖をまだ掴んでいた。
わたしはリアンの手に、自分の手を重ねた。
一瞬だった。それだけだった。
リアンの目が少し丸くなった。
手を離した。踵を返す。馬車に向かって歩いた。振り返らなかった。振り返ったら何かが変わってしまう気がした。それが怖かったというわけではなかった。心の、体の準備が、まだできていなかった。
馬車に乗った。
扉が閉まった。
窓から外を見なかった。見ると、走ってくるリアンが見えそうだった。見えたら、止まれと言ってしまいたくなりそうだったから。
しばらくして、窓を少しだけ開けた。
屋敷はもう見えなかった。
門の前に小さな人影があった。遠くて、顔は見えなかった。でもこちらを向いて、立っていた。
走っていなかった。ただ、立っていた。
それだけで十分だった。
窓を閉じた。
膝の上に手を置く。さっきリアンの手に触れた手だった。
温度はもう残っていなかった。でも何か温かいものが残っている気がした。
魔法学院まで半日の道のりがある。その間に、何を考えようか、と思った。
闇魔法の練習のことを考えようとした。
でも結局、リアンのことを考えていた。月が出たらリアンも外で見ている、という言葉をずっと手の中で転がしていた。
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