第3話 綺麗
リアンが初めて私の魔法を見たのは、ある夏の夜だった。深夜に庭へ出たのは練習のためで、屋敷の中では侍女や両親に見られかねない。聖女を目指して光属性を磨いているはずの娘が真逆の属性を夜中に試していると知れたら、両親がどう思うか——考えるより先に、知られない方がいいという結論だけが出ていた。
月の下、中庭の中央で右手を上げる。魔力を光ではなく内側へ引くと、暗い霧が指先に滲む。前世の記憶にある闇魔法の基礎は、光魔法の術式を逆から読んだだけの手探りの理論で、合っているかどうかもわからない。それでも魔力は枯れず、光を試すたびのあの空虚な疲弊もなく、ただ満ちてくる手応えだけがある。
これが正しい方向なのだ。
霧を手のひらで丸め、収束させ、広げ、地面へ落として石畳に沿わせる。月光を避けるように影の中を這わせていくのは、思いのほか面白い。光魔法では一度も覚えなかった感覚だった。あの練習は最初から自分のためではなく、前世のルネが誰かに認められたくて続けていたものだ。これは違う。誰にも見せず、誰にも評価されない。それでも面白い。
不意に視線を感じた。闇魔法の使い手は気配に敏いのか、それとも私の質なのか、柱の影に誰かいるとはっきりわかる。手を下ろし、深呼吸してから振り向くと、リアンがいた。
薄い寝間着に、ちゃんと靴を履いている。いつから見ていたのか、と聞く。
「眠れなくて」とリアンは言う。
「見てた?」
「はい」
誤魔化さない子だ。
「怖くなかった?」
少し考えるような間があって、
「いいえ。きれいだと思いました」
その返しは予想の外にあった。怖くない、は想定していた。でも、きれいだと思いました、は想定していない。何を言えばいいかわからない。
「誰にも、言わないでいてくれる?」
「言いません」
即答だった。
「部屋に戻りなさい」
「……お姉様も、戻りますか」
私が戻らないなら自分も残る、とでも言いたげな確かめ方だ。
「すぐに戻るから」
リアンは頷き、踵を返して階段へ向かいかけ、そこで振り返る。
「あの魔法、なんという属性ですか」
「闇属性、よ」
夜風が中庭を抜けていく。
「……また、見てもいいですか」
断るべきだと思う。見られない方がいい、知られない方がいいという最初の判断が脳裏に浮かぶ。けれど今夜リアンに見られて何かが露見したわけではなく、きれいだと言われただけ。だめだ、とは言えなかった。
足音が屋敷の中へ消える。中庭に一人残されて月を見上げると、きれいだと思いました、という言葉がもう一度反芻されていく。前世のゲームでルネの闇属性は妹の聖女性を阻む呪いとして描かれ、それが嫌われた理由のひとつだった。けれど今夜リアンは、きれいだ、怖くない、と言ったのだ。
二階のリアンの部屋に灯っていた明かりが、しばらくして消える。眠ったのだろう。それを確かめてから屋敷へ戻り、廊下でリアンの部屋の前を一瞬だけ通り過ぎる。中は静かで物音ひとつない。息をひとつ吐いて、自分の部屋へ戻った。
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