第5話
令和の爺ちゃん剣士、幕末で無双してました〜竹刀一本で新選組を圧倒〜
第5話 新選組、動く
「聞いたか? 竹の棒で侍を倒すじいさんがいるってよ」
「なんでも斬らずに勝つらしいぞ」
「そんな馬鹿な話があるかよ」
京の町に、噂は静かに、しかし確実に広がっていた。
――竹刀一本で勝つ老人。
――斬らない剣。
尾ひれがつき、形を変えながら、それはやがてある場所へと届く。
◆
静まり返った屯所。
張り詰めた空気。
規律の塊のようなその空間で、一人の男が書付を見ていた。
鋭い目つき。無駄のない佇まい。
土方歳三は、紙を軽く叩いた。
「……くだらねぇ」
低く吐き捨てる。
向かいに座る男が、くすりと笑った。
「でも、面白そうじゃないですか」
柔らかな笑み。
だがその目は、どこか底が見えない。
沖田総司が首を傾げる。
「竹で勝つ、ですか」
「与太話だ」
「そうかもしれませんね」
沖田は立ち上がった。
「でも――少し、気になります」
土方が視線だけで問う。
沖田はにこりと笑った。
「様子、見てきてもいいですか?」
一瞬の沈黙。
やがて。
「好きにしろ」
短い許可。
沖田は軽く頭を下げた。
「では」
そのまま、音もなく去っていく。
土方は一人、残された。
「……妙な匂いがするな」
ぽつりと呟く。
紙の上には、こう書かれていた。
――竹刀で無双する老人。
◆
「――礼!」
「だから分かってるってば!」
道場には、いつもの声が響いていた。
綾が不満げに頭を下げる。
「浅い」
「うるさい!」
仲村源蔵は、相変わらずだった。
竹刀を構え、淡々と告げる。
「来い」
「今度こそ当てる!」
踏み込む。
――バシン!
「痛っ!」
「大きい」
「またそれ!?」
そのやり取りを、久我新兵衛が静かに見ている。
(……悪くない)
確実に変わってきている。
そのときだった。
ふと、空気が変わった。
新兵衛の目が細くなる。
(……誰かいる)
気配。
だが、薄い。
「どうしたの、父上?」
綾が振り向く。
新兵衛は答えない。
ただ、入口を見つめていた。
「すみません」
声がした。
気づけば、一人の男が立っていた。
いつの間に現れたのか、誰も分からない。
柔らかな笑み。
穏やかな声。
だが――
(……強い)
新兵衛の本能が告げる。
男は軽く頭を下げた。
「少し、試してもいいですか?」
綾が一歩前に出る。
「誰よあんた」
男はにこりと笑う。
「ただの剣士ですよ」
その言葉の軽さが、逆に重い。
「私が相手する」
綾が竹刀を構える。
「ほう」
男はゆっくりと刀を抜いた。
「では」
次の瞬間。
綾が踏み込む。
――空振り。
「え?」
目の前から消えていた。
背後。
「遅いですね」
軽い声。
「っ!?」
振り向いた瞬間、喉元に刃が止まる。
動けない。
冷たい。
「……こんなものですか?」
笑顔のまま。
綾の背筋に汗が流れる。
「綾、下がれ」
新兵衛の声。
同時に、男の刃がすっと引かれる。
「失礼」
何事もなかったかのように一歩下がる。
綾が悔しそうに歯を食いしばる。
(全然見えなかった……)
そのとき。
コツ、と音がした。
源蔵が前に出る。
竹刀を肩に担ぎながら、男を見る。
「速いな」
男の目がわずかに細まる。
「……あなたが?」
「ただの剣道家だ」
「そうですか」
男は楽しそうに笑った。
「では」
構える。
空気が変わる。
先ほどとは違う。
張り詰める。
(……来る)
綾が息を呑む。
踏み込み。
――速い。
だが。
――バシン!
乾いた音。
二人の動きが止まる。
竹刀と刀が、触れている。
ほんの一瞬。
静止。
男が目を細める。
「……へぇ」
源蔵もわずかに頷く。
「……なるほど」
互いに一歩、引いた。
沈黙。
やがて、男がふっと笑う。
「今日は、このくらいにしておきます」
刀を納める。
「面白いですね」
綾が叫ぶ。
「ちょっと! 何なのあんた!」
男は軽く振り返った。
「また来ますよ」
その目が、源蔵を捉える。
「次は、もう少し本気で」
それだけ言って、去っていく。
静寂。
綾が振り向く。
「何あの人!?」
源蔵は短く答えた。
「速い」
「それだけ!?」
新兵衛が低く呟く。
「……只者ではない」
そのとき。
「おー、面白いことになっちゅうのう」
聞き慣れた声。
振り向くと、あの男が立っていた。
「また来たの!?」
綾が叫ぶ。
男――坂本龍馬は笑う。
「ええやないか」
そして、楽しそうに言った。
「今の、新選組の剣士ぜよ」
空気が凍る。
「……え?」
綾が固まる。
新兵衛の目が鋭くなる。
「新選組……だと」
源蔵は竹刀を肩に担いだまま、ぽつりと言った。
「そうか」
それだけ。
だが。
京の空気が、確かに変わり始めていた。
(続く)
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