第3話

令和の爺ちゃん剣士、幕末で無双してました〜竹刀一本で新選組を圧倒〜

第3話 礼から始めろ

「――どこ行ったのよ、あのじいさん!」

朝の道場に、綾の声が響く。

庭先を覗き、土間を走り、縁側をのぞき込む。

「いない……逃げた?」

「ここだ」

背後から声。

振り向くと、そこにいた。

仲村源蔵。

朝日を背に、竹刀をゆっくり振っている。

風を切る音だけが、静かに響いていた。

「……何してんの」

「素振りだ」

「見れば分かる!」

綾はずかずかと近づいた。

「ねえ、昨日の続き! 教えて!」

「断る」

即答だった。

「なんで!?」

「面倒だ」

「それ理由になってない!」

源蔵は気にした様子もなく、また竹刀を振る。

ヒュッ、と音が鳴る。

無駄がない。

ただ、それだけの動きなのに――

(……なんでこんなに違うのよ)

綾は歯を食いしばる。

「……だったら、勝手にやる」

「好きにしろ」

あっさりだった。

「え?」

「ただし」

ぴたり、と竹刀が止まる。

源蔵が振り返った。

「礼だ」

「またそれ!?」

「剣の始まりと終わりは礼だ」

「そんなの聞いたことない!」

「だからだ」

意味が分からない。

だが――

「……やればいいんでしょ!」

綾はしぶしぶ頭を下げた。

ぎこちない。

「浅い」

「うるさい!」

「やり直しだ」

「はあ!?」

朝から騒がしい。

その様子を、少し離れた場所から見ている影があった。

久我新兵衛だ。

腕を組み、無言で二人を見つめている。

(……無駄がない)

源蔵の動き。

一歩も多くない。

一振りも余計がない。

(あの間合い……あの入り……)

わずかに目を細める。

(まるで――)

思考が途切れる。

綾が竹刀を構えた。

「いくわよ!」

踏み込む。

速い。

だが――

――ピタリ。

止められていた。

源蔵の竹刀が、綾の手元に触れている。

「大きい」

「またそれ!?」

二度目。

三度目。

すべて止められる。

「踏み込みが長い。だから読める」

「読めるって何よ!」

「そのままだ」

「意味分かんない!」

源蔵は小さく息を吐く。

「見るんだ」

「見てるわよ!」

「違う」

それだけ言って、また構える。

綾が再び踏み込む。

その瞬間。

――視界が変わった。

(え……?)

自分の足。

相手の足。

距離。

ほんの一瞬だけ、全部が見えた気がした。

(今――)

体が、自然に動く。

――バシン!

乾いた音。

源蔵の袖に、竹刀が当たった。

静止。

「……当たった?」

綾が自分の手を見る。

震えている。

源蔵はわずかに頷いた。

「今のは、悪くない」

「ほ、本当!?」

「だが浅い」

「うるさい!」

だが顔は、少しだけ嬉しそうだった。

新兵衛がその様子を見つめる。

(今のは……)

偶然ではない。

(見たのか?)

だが、何を?

(気配……いや……)

答えが出ない。

そのときだった。

「おー、朝から励んじゅうのう」

軽い声。

振り向くと、例の男が手を振っていた。

「また来たの!?」

綾が叫ぶ。

男は笑う。

「ええやないか。暇なんじゃ」

源蔵が一瞥する。

「騒がしい」

「冷たいのう」

男――坂本龍馬は肩をすくめた。

「で、どうなが?」

「見れば分かる」

「そりゃそうじゃ」

くく、と笑う。

そのとき。

道場の外が騒がしくなった。

「おい! 誰かいるか!」

荒い声。

三人の浪人が踏み込んできた。

「娘、貸せや」

綾の眉が吊り上がる。

「はあ?」

新兵衛が一歩、前に出ようとする。

だが。

「待て」

源蔵が言った。

「……何だ」

「やらせてみろ」

視線は綾へ。

「……できるか」

綾が息を呑む。

怖い。

相手は真剣だ。

だが――

(さっきの……)

見えた瞬間を思い出す。

「……やる」

一歩、出た。

浪人が笑う。

「お、威勢いいじゃねぇか」

斬りかかる。

速い。

怖い。

だが――

(見る……!)

踏み込み。

腕。

刃の軌道。

(今!)

――バシン!

手首に当たる。

「ぐっ!?」

浪人が怯む。

綾の目が見開かれる。

(当たった……!)

だが、次の瞬間。

別の男が斬りかかる。

「甘ぇ!」

間に合わない――

そのとき。

――バシン!

音がした。

気づけば、三人とも倒れていた。

源蔵が竹刀を肩に担いでいる。

「終わりだ」

「……え?」

綾が振り返る。

「今、何したの!?」

「打っただけだ」

「見えなかったんだけど!?」

龍馬が笑う。

「じいさん、容赦ないのう」

「長いと危ない」

それだけだった。

綾はしばらく黙り、やがて拳を握る。

「……やっぱり教えて」

源蔵は即答した。

「断る」

「だからなんでよ!」

「面倒だ」

「もういい! 勝手にやる!」

龍馬がにやにやする。

「弟子入り決定じゃのう」

「してない!」

「してない」

源蔵も即答。

綾が叫ぶ。

「どっちよ!」

道場に笑いが広がる。

新兵衛はその光景を見つめながら、静かに呟いた。

(……あの剣)

言葉にならない違和感。

だが確信だけはあった。

(ただの剣ではない)

風が吹く。

幕末の空の下。

一人の老人と、一人の少女。

その距離が、少しだけ近づいた。

(続く)

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