第2話

令和の爺ちゃん剣士、幕末で無双してました〜竹刀一本で新選組を圧倒〜

第2話 真剣と竹刀

「……やめろ、綾」

低く、鋭い声だった。

久我新兵衛の一言で、空気が張り詰める。

綾の喉元に突きつけられていた竹刀が、すっと引かれた。

仲村源蔵は何事もなかったかのように構えを解く。

「力みすぎだ。踏み込みが大きい」

「なっ……!」

綾が顔を真っ赤にする。

「今の、何!? 全然見えなかったんだけど!」

「打っただけだ」

「だからそれが分かんないの!」

やり取りを横目に、新兵衛はゆっくりと刀の柄に手をかけた。

「……老人」

静かな声。

だが、その奥にあるものは明確だった。

「もう一度だ。その剣、試させてもらう」

源蔵は肩をすくめる。

「好きにしろ」

その瞬間。

カチャリ、と刀が抜かれた。

鈍く光る刃。

――真剣。

綾の喉が鳴る。

(本気だ……父上、本気で斬る気だ)

「待った待った」

間延びした声が割り込んだ。

全員がそちらを見る。

着崩した着物、気の抜けた笑み。

だが目だけが鋭い男が、いつの間にか柱にもたれていた。

「そんな怖い顔して、何しゆうが?」

綾が思わず叫ぶ。

「誰なのあなた!?」

男はにやりと笑った。

「通りすがりの浪人ぜよ」

源蔵が一瞥する。

「長いな」

「冷たいのう」

男は肩をすくめた。

「まあええ。続けたらええがじゃ」

新兵衛は一瞬だけ男を見て、すぐに視線を戻す。

「……邪魔はするな」

「せんせん」

軽い返事。

だが、その場から一歩も動かない。

見届ける気満々だ。

「いくぞ」

新兵衛が踏み込んだ。

――速い。

綾の目にはそう映った。

空気を裂く一閃。

「っ!」

思わず声が漏れる。

だが。

当たらない。

源蔵は半歩、下がっただけだった。

「……大きいな」

ぼそりと呟く。

「何だと」

二撃、三撃。

連続の斬撃。

それでも――当たらない。

源蔵はほとんど動いていない。

ただ、ほんのわずかに体をずらすだけ。

(なんで……!?)

綾の思考が追いつかない。

(当たるはずなのに……!)

「見えているのか……?」

新兵衛の目が細くなる。

源蔵は答えない。

ただ見ている。

足の運び。

肩の入り。

呼吸。

(次だな)

その瞬間。

新兵衛が踏み込んだ。

今までより、深く。

速く。

「――そこだ」

源蔵の足が、わずかに前へ出た。

――バシンッ!

乾いた音。

新兵衛の手が跳ねた。

刀が、わずかにぶれる。

「……小手だ」

静かな声。

その一言で、すべてが止まった。

綾が息を呑む。

(当てた……? 真剣相手に……?)

新兵衛はその場に立ち尽くす。

やがて、ゆっくりと刀を下ろした。

「……まだだ」

構えを解かない。

その目は、さらに鋭くなっている。

源蔵もまた、竹刀を構えたまま動かない。

しばしの静寂。

やがて――

「そこまでじゃ」

場違いな声が割り込んだ。

先ほどの男が、手をひらひらさせている。

「十分見せてもろうた」

新兵衛が睨む。

「貴様――」

「ええやろう。これ以上やったら、どっちか怪我するぜよ」

軽い口調。

だが言葉は的確だった。

新兵衛はしばらく黙り、やがて刀を納めた。

「……興が削がれた」

源蔵も竹刀を下ろす。

「そうか」

それだけ。

綾が叫ぶ。

「いやいやいや! 何なの今の!? 終わり!?」

男が笑う。

「ええ勝負やったき、ええがじゃ」

「全然分かんないんだけど!?」

源蔵がぽつりと言う。

「大きいだけだ」

「はあ!?」

「踏み込みが大きい。だから読める」

綾が言葉に詰まる。

新兵衛が低く呟く。

「……読んでいるのか」

「見ているだけだ」

あっさりとした答え。

その軽さが、逆に重い。

沈黙。

やがて綾が一歩、前に出た。

「……教えて」

源蔵が見る。

「何をだ」

「その剣」

即答だった。

「断る」

「え?」

間抜けな声が漏れる。

「面倒だ」

「ちょっと!?」

男が腹を抱えて笑う。

「ははは! そりゃそうじゃ!」

「笑い事じゃないでしょ!」

綾が怒鳴る。

「じゃあどうすればいいのよ!」

源蔵は少し考えた。

そして一言。

「礼だ」

「……は?」

「まずは礼をしろ」

綾が固まる。

「なんで!?」

「基本だ」

「そんなの関係ないでしょ!」

「ある」

真顔だった。

男がにやにやしながら言う。

「ええやないか。やってみい」

「だから誰なのよあんた!」

「坂本龍馬じゃ」

軽く名乗る。

綾が一瞬止まり――

「え?」

空気が固まった。

新兵衛が小さく息を吐く。

「……やはりか」

綾の視線が、龍馬と源蔵を行き来する。

「なんなの、この人たち……」

源蔵は竹刀を肩に担いだ。

「騒がしいな」

そう言って、くるりと背を向ける。

「どこ行くのよ!」

「帰る」

「帰るってどこに!?」

「知らん」

歩き出す。

綾は一瞬迷い――

すぐに追いかけた。

「待ちなさいよ!」

龍馬が笑う。

「賑やかになりそうじゃのう」

新兵衛は黙ってその背中を見ていた。

(……ただの老人ではない)

静かに目を細める。

幕末の空の下。

竹刀一本の男が、確かに波紋を広げ始めていた。

(続く)

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