令和の爺ちゃん剣士、幕末で無双してました〜竹刀一本で新選組を圧倒〜
ミヤボン
第1話
令和の爺ちゃん剣士、幕末で無双してました〜竹刀一本で新選組を圧倒〜
第1話 その一撃、一本
「……遅いな」
静まり返った道場に、低い声が落ちた。
仲村源蔵、七十二歳。
竹刀を中段に構えたまま、ぴくりとも動かない。
向かいに立つのは若い五段。額に汗を浮かべ、息を荒げている。
「い、いきます!」
踏み込んだ。
速い。若さの勢いがある。
だが――
「間合いが甘い」
次の瞬間。
――バシンッ!
乾いた音。
面を打ち抜かれた青年が、呆然と立ち尽くす。
「……一本だ」
ざわめきが広がる。
「まただ……」「あの爺さん、強すぎるだろ……」
源蔵は小さく息を吐いた。
「打つ前に分かる。肩が上がっている」
「は、はい……」
青年は項垂れる。
源蔵は竹刀を下ろし、静かに礼をした。
――その瞬間だった。
世界が、歪んだ。
◆
「……なんだ、ここは」
目を開けると、そこは土の匂いがする場所だった。
木造の建物。土間。見慣れぬ服装の男たち。
そして――腰に差された刀。
(撮影か? いや……)
違う。
空気が違う。
生の気配。張り詰めた殺気。
「おい、じじい」
声をかけられた。
振り向くと、浪人風の男が三人。にやにやと笑っている。
「その格好……どこから来た?」
源蔵は竹刀を軽く持ち直した。
「分からん。だが――」
一歩、踏み出す。
「道場ではないな」
男が舌打ちした。
「ふざけやがって。斬るぞ」
刀が抜かれる。
鋭い音。
(真剣、か)
源蔵は目を細めた。
「……反則だな」
「は?」
次の瞬間、男が斬りかかる。
速い。だが――
(見える)
踏み込み。
重心の移動。
肩の入り。
全部が“遅い”。
「入ったな」
――バシン!
竹刀が手首を打ち抜いた。
「ぐあっ!?」
刀が地面に落ちる。
「小手だ」
残りの二人が一瞬固まる。
「な、なんだこいつ……!」
「ば、馬鹿な……竹の棒で……!」
「長いな」
源蔵は一歩だけ動いた。
――バシン!
――バシン!
二つの音。
気づけば二人とも倒れていた。
静寂。
源蔵は息を整え、竹刀を下ろす。
「終わりだな」
その場にいた全員が、言葉を失っていた。
◆
「……何をしている」
低い声が響いた。
振り向くと、一人の男が立っていた。
鋭い眼光。無駄のない体。
腰には刀。
ただ立っているだけで分かる。
(強いな)
男は源蔵をじっと見つめた。
「どこの流派だ」
源蔵は肩をすくめた。
「ただの剣道だ」
「……剣道?」
男の眉がわずかに動く。
その横から、少女が顔を出した。
「父上、この人――」
十七、八といったところか。
凛とした目をしている。
だが次の瞬間、その目が変わった。
地面に倒れた浪人たちを見て。
「……全部、この人が?」
「……そうらしい」
男――久我新兵衛はゆっくりと歩み寄った。
「老人」
源蔵を見る。
「もう一度、見せろ」
「何をだ」
「その剣だ」
綾が口を挟む。
「父上、こんなじいさん――」
その言葉は、最後まで続かなかった。
源蔵が、動いたからだ。
一歩。
それだけ。
気づけば。
竹刀の先が、綾の喉元にあった。
「一本だ」
「……え?」
綾の声が震える。
「い、今……何を……?」
「打った」
「見えなかった……!」
新兵衛の目が細くなる。
(……速い。いや、違う)
(“無駄がない”)
源蔵は竹刀を下ろした。
「力みすぎだ。踏み込みも大きい」
綾が顔を赤くする。
「なっ……!」
「基礎が甘い」
「この……!」
飛びかかろうとして、新兵衛が手で制した。
「やめろ、綾」
静かな声。
だが、その目は真剣だった。
「……老人」
源蔵を見る。
「その剣、遊びではあるまいな」
「遊びではない」
「だが人は斬れぬ」
「斬る必要がない」
空気が張り詰める。
綾が息を呑む。
新兵衛が一歩、踏み出した。
「……ならば」
刀に手をかける。
「試させてもらおう」
源蔵は、静かに構えた。
「好きにしろ」
そのときだった。
「おんしら、物騒じゃのう」
場違いな声が響いた。
振り向くと、一人の男が立っていた。
着物は着崩れ、どこか軽い雰囲気。
だが――目が鋭い。
男はにやりと笑った。
「面白そうじゃき、混ぜてもらってええか?」
綾が小声で呟く。
「あの人……」
新兵衛も目を細めた。
「あれは――」
男は源蔵を見て、楽しそうに言った。
「じいさん、あんた……ただもんじゃないのう」
源蔵は肩をすくめる。
「ただの剣道家だ」
「ほうか」
男は笑う。
「なら、その剣――見せてもらおうかのう」
風が吹いた。
幕末の空気の中で。
一人の老人が、竹刀を握る。
その一撃が。
この時代を、変え始める。
(続く)
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