第58話 世界統一規格『魔王スタンダード』と、全人類住民票計画
聖教国を「民営化」し、世界中の汚れを物理的に洗い流した魔王領。だが、真の平和……いや、真の「管理」には、蛇口をひねれば石鹸が出る以上のシステムが必要だった。それは、バラバラな種族と言語、そして勝手な解釈で動く「人間」そのものの規格化である。
「……陛下、これが最終兵器です。名付けて『魔王スタンダード:ユニバーサル・フォーマット』。これ一枚で、全人類の出生、納税、病歴、そして徳分までを一括管理します」
テトラが、狂気に満ちた眼光を放ちながら、光輝く「住民カード」の試作版を掲げた。
「……住民票か。……全人類を番号で呼ぶつもりか、テトラ」
「……番号ではありません、『管理記号』よ。名前なんて主観的なものはエラーの元。これからは全人類、IDとパスワードでログインして人生を歩んでもらうわ」
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魔王城の広場では、世界各国から集められた「代表者」たちが、戸惑いながらも列を作っていた。
「ええい、私は王族だぞ! 番号で呼ばれるなど屈辱……」
「……次の方、ID:HUM-882415番。不満があるなら、あちらの『元勇者による物理相談窓口』へどうぞ」
バルガスが、冷徹な事務官の顔で列を捌(さば)く。その先では、アルスが巨大なツルハシを地面に突き立てて仁王立ちしていた。
「……おい、王族だろうがスライムだろうが、この列に並べ。魔王様が決めた『書式』に従わない奴は、この島から不法投棄物として追い出すぞ」
アルスの威圧感に、王族たちは震えながらカードを受け取り、自分の指紋と魔力を登録していく。これにより、世界中で「誰が、どこで、どれだけ石鹸を使い、どれだけ平和に貢献したか」がリアルタイムで可視化されることになった。
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「……見てください、陛下。このシステムを導入してから一時間。世界中で発生していた『国境争い』の90%が消滅しました」
テトラが、巨大なモニター(水晶球)を指差す。
「……消滅した? 解決したんじゃなくてか?」
「……ええ。争うための『宣戦布告書』の書式が魔王領の規格に合っておらず、すべて『受理不可(エラー)』として差し戻されたからです。……公的な書類として認められない以上、それはただの『近所迷惑な騒音』として警察(魔族)が即座に鎮圧します」
(……事務の壁で戦争を防ぐ。……これこそ、俺が求めていた『究極の非致死性兵器』だ)
俺は、アイゼン特製の「鋼鉄製ハンコ押し機」を自動モードに切り替えた。
世界中から届く膨大な「住民登録申請」が、電子音のような速度で処理されていく。
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『あはは! 傑作ね! 「神の導き」が「ログイン認証」に負けるなんて! 誰も祈らなくなったわ、みんなパスワードを忘れないことに必死で!』
空からノルンの鈴を転がすような笑い声が降ってくる。
彼女たちは、信仰という曖昧な絆が、魔王の「IDカード」という強固な実利に取って代わられたことを、新しい時代の神話として楽しんでいた。
『ねえアストレア、見てよ。あの騎士たち、自分たちのIDランクを上げるために、必死に街のゴミ拾いをしてるわ。……これ、もはや「功徳」じゃなくて「ポイント稼ぎ」ね!』
(……だめがみ。……動機なんてどうでもいい。……結果として世界が綺麗で静かになれば、それが俺の『正解』だ)
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だが、この完璧な管理社会の完成は、皮肉にも魔王自身を「システムの奴隷」へと変えようとしていた。
「……陛下。世界統一規格の運用開始に伴い、陛下には『全人類の最終承認責任者(システム管理者)』として、今後1万年間の不眠不休の監視義務が発生します」
テトラが、事務的な笑顔で「永久雇用契約書」を差し出してきた。
「……何だと? 隠居はどうした。俺の休みはどこへ行った」
「……管理者が休めば、世界がエラーで崩壊します。……陛下、これがあなたの選んだ『究極の事務』の到達点よ」
俺は、真っ白な住民カードを握りしめ、震える手で自分の「管理者ID:000001」を確認した。
世界を平和にすればするほど、俺の自由は遠ざかっていく。
「……だめがみ。……次に何か送ってくるなら……俺の代わりを勤める『全自動・魔王OS』でも開発してくれ……」
俺の悲痛な叫びを乗せて、魔王領のサーバー(水晶球)は、全人類の運命を乗せて静かに熱を帯びていった。
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