第59話 女神の反乱と、天界の『BPR(業務改革)』

 全人類にIDを振り分け、戦争を「書式不備」で無効化した魔王。地上のあらゆる混沌が事務的に整理され、世界がかつてない静寂に包まれたその時、ついに「上」が動いた。空が割れ、虹色のノイズと共に、天界の主導者たちが魔王城の真上に降臨したのだ。


「……ちょっと待ちなさいよ魔王! あなたが地上を完璧に管理しすぎたせいで、天界の『祈り受信サーバー』が完全に沈黙したわ! 誰も神に縋(すが)らない、誰も奇跡を願わない……これじゃ私たちの予算が全カットよ!」


 憤慨しながらテラスに降り立ったのは、女神ノルンとリュシエラ。彼女たちは「」としての余裕を失い、天界のリストラ危機という極めて世俗的な問題に直面していた。


 1

「……予算? 神様が経費を気にするのか」


「当たり前でしょ! 信仰心は天界の維持エネルギーなの! あなたが『石鹸と書類』で全てを解決しちゃうから、みんな『神様にお願いするより魔王領のカスタマーセンターに電話した方が早い』って言ってるのよ!」


 リュシエラが、真っ白になった「信仰グラフ」を俺の鼻先に突きつけた。

 魔王領が提供する「確実な回答」と「迅速な清掃」は、神の気まぐれな「奇跡」を市場から完全に駆逐してしまったのだ。


「……なら、お前たちも『業務内容』を見直せばいい。……バルガス、天界の全業務フロー図を提出させろ。……これより、天界のBPR(業務プロセス再構築)を執行する」


「ははっ! 天界のコンサルティング……、これは高くつきますぞ、女神様がた!」


 2

 魔王城の会議室。ホワイトボードの前で、テトラが冷徹にペンを走らせる。

「……まず、この『お告げ』。……内容が曖昧すぎて、解釈に時間がかかりすぎ。却下。……次に『勇者の選定』。……人選ミスが多発しているから、今後は外部委託(アウトソーシング)か、適性検査の導入を義務付けるわ」


「な、何よそれ! 私たちの聖なるインスピレーションを否定する気!?」


「……インスピレーションで動く組織は、必ず腐敗する。……これからは、天界も『魔王規格(スタンダード)』の基幹システムに統合する。……神の奇跡は、魔王領の『承認印』が下りた時のみ、実行可能な『定型業務』として再定義しろ」


 エドワードが、天界の魔力回路に無理やりLANケーブル(魔導糸)を繋ぎ、女神たちの権能を次々と「管理者権限」でロックしていく。


 3

『あはは……! 私たちの「神罰」が、「システムメンテナンス」の一部になっちゃった……。アストレア、見てよ……、私たちの仕事が全部「自動化(マクロ)」されていくわ……』


 ノルンが、自分の指先から「奇跡」が出ず、代わりに「申請書を提出してください」というメッセージウィンドウが出るようになったのを見て、力なく膝をついた。

 彼女たちはもはや「導き手」ではなく、魔王の構築した巨大なシステムの「いち職員」へと降格させられたのだ。


『ねえ、魔王様……。私たちをクビにしないで……。何でもするから、せめて「受付窓口」の仕事だけでも残して……!』


(……。……泣き落としは無効だ。……だが、お前たちのその『無駄に高い魔力』は、城の全自動洗濯機の予備電源として有効活用してやる)


 4

 天界の「聖なる業務」は、わずか数時間で「効率的なルーチンワーク」へと再編された。

 これにより、地上と天界の境界線は消失し、世界は一つの巨大な「事務組織」として完結した。


「……陛下、おめでとうございます。……これで天界の監査も終了。……地上のエラーもゼロ。……全人類の住民票も、女神の権能も、すべてあなたのハンコ一つで動くようになりました」


 テトラが、黄金に輝く「最終承認印」を俺に差し出した。

 これに判を押せば、俺は文字通り「世界の管理者(神)」となる。


「……だが、俺が欲しかったのは神の座じゃない。……『静かな隠居生活』だ」


 俺は、窓の外に広がる、あまりにも整列されすぎた美しい世界を眺めた。

 そして、自分のデスクの上に置かれた、最後の一枚の書類……『自分自身の退職願』を見つめた。


「……バルガス。……最後の一仕事だ。……俺がこのハンコを押した瞬間、すべての権限を『システム』に譲渡し、俺を歴史から削除しろ」


 魔王はついに、究極の事務処理……「自分の存在の抹消」へと手をかける。

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