第48話 音の洪水『騒音国家』と、静寂の魔王

 砂漠の静電気を放電し、しっとりとした事務環境を構築したクリーン・スカイ号が次に向かったのは、山岳地帯に挟まれた細長い王国「ガナリ」だった。ここは特殊な地形のせいで音が反響しやすく、さらに国民全員が「声のデカさこそが生命力」と信じて疑わない、世界一喧騒に満ちた「爆音の地」である。


「……陛下、耳が。耳が死にそうです。報告書を読み上げようにも、自分の声が反響して三回分聞こえてきます」


 バルガスが、特製の防音イヤーマフを両手で押さえながら悲鳴を上げた。


「……騒音か。事務官にとって、集中力を削ぐ雑音は万死に値する。……一行の数字を書き込むのに、三回の爆音に耐えねばならんとは、もはや拷問だぞ」


 俺は、アイゼン特製の「鋼鉄製ハンコ押し機」が書類を叩く「ドン!」という音が、渓谷に反響して「ドドドンドン!」と地鳴りのように響く現象に、深刻な頭痛を感じていた。


 1

 クリーン・スカイ号がガナリの王都「デカゴエ」に着陸すると、出迎えたのは、拡声器のような魔法道具を喉に装着した国王ヴォイス十世だった。


「……オオオ! 魔王殿ォ! よくぞこの賑やかな国へェ! ご覧の通りィ! 我が国は会議一つするにも怒鳴り合いィ! 役所の窓口は怒号の嵐ィ! 書類の内容も全部叫び声で書き込まれ、筆圧が強すぎて紙が全部破れてしまいましたァ!!」


 王が叫ぶたびに、周囲の石造りの建物がビリビリと震える。役所の中では、職員たちがメガホンを片手に「受理したゾォー!」と叫び、その衝撃で窓ガラスが次々と割れていた。


「……これは非効率の極致よ。……くくく、魔王様! この音波エネルギーの集積……、これを利用すれば、街ごと粉砕する超音波兵器が作れるかもしれませんぞ!」


 エドワードが、振動でガタガタ震える顕微鏡を必死に押さえながら笑った。


「……研究は後よ。……まずはこの『音の汚染』を止めなきゃ。……魔王様、この国の空気、すべて『物理的に吸音』しましょう。……私の暗算が、反響で狂わされるのは我慢ならない!」


 テトラが、耳栓を貫通してくる騒音にブチギレていた。


 2

「……リリナ、アルス、準備はいいか」


「はい、陛下! 特製『多孔質・防音ウレタン・コーティング剤』、300トン噴射しますわ! これで壁という壁に吸音材を貼り付け、空気中の振動を優しく受け止め、静寂という名の癒やしを取り戻します!」


 リリナが、巨大なスプレーガンを構えて聖なる沈黙を誓った。


「……俺は、あの反響の原因になってる余計な岩壁を、物理的に削り取るだけだ。……おい、騎士団! 自分の叫び声に酔ってる暇があったら、この防音シートを街中に敷き詰めろ! 音一つ立てずに仕事してみせろ!」


 アルスが、巨大な緩衝材を担いで、耳を塞ぎながら騎士たちを追い回す。


 3

『あはは! 見て、アストレア! 魔王様が、世界で一番巨大な「イヤーマフ」になろうとしてるわ! 叫び声だけの事務なんて、ただの喧嘩にしか見えないものね!』


 雲の上で、ノルンが面白そうに雲を叩いて雷鳴を響かせている。

 彼女たち女神は、この「うるさすぎる喜劇」が、魔王の「静かなる合理性」によって鎮圧される瞬間を、一級のエンターテインメントとして観測していた。


『ねえ、魔王様。いっそのこと、国民全員の声を「鈴の音」に変えてあげようか? 街中がシャンシャン鳴って、事務どころじゃなくなるかもしれないけど!』


(……、余計なBGMを追加するな。……完全な無音こそが、思考(事務)の聖域だ)


 4

「……全砲門、開け! ……ただし、撃つのは咆哮じゃない。……魔王領特製『真空抽出・消音結界』だ! 都市全体を、一粒の音も漏らさない『静寂のドーム』で包んでやれ!」


 ドォォォォン!!

 クリーン・スカイ号から放たれた無数の吸音ポッドが街の要所に突き刺さり、一瞬にして周囲の音が「消えた」。

 王が口をパクパクさせているが、そこからは何の音も聞こえない。


「……あ、あ……。……静かだ。……自分の思考が、はっきりと聞こえる。……ペンを走らせる音すら、宝石のさざめきのように美しい……」


 ヴォイス国王が、吸音材でフカフカになった役所の椅子に座り、小声で呟いて涙を流した。


 俺は、底面に厚手の防音ゴムを敷いた「鋼鉄製ハンコ押し機」を執務室のど真ん中に設置した。


「……ヴォイス国王。……掃除の後は、礼儀だ。……一対一の対話における『最大デシベル制限法』を、テトラが今から配布する。……筆談の作法から叩き込んでやる」


 ガナリの国に、建国以来初めての「深い静寂」が訪れた。

 俺の視察旅行は、ついに音波すらも事務的に制御し始め、世界の隅々まで「思索の平穏」を広げていく。


「……。……次は、お前のその『騒々しい祝福』も、ミュート設定にしてやろうか?」


 俺の皮肉を乗せて、クリーン・スカイ号は、耳に優しいガナリの空を、次なる目的地へと滑り出した。

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