第49話 光の洪水『不夜城国家』と、遮光の魔王

 爆音の渓谷を静寂に沈めたクリーン・スカイ号が次に向かったのは、巨大な水晶の山脈に囲まれた盆地の王国「ギラギラ」だった。ここは特殊な鉱石が太陽光を乱反射させ、夜になっても空に浮かぶ魔導灯が太陽のように輝き続ける、世界一眩しい「不夜の地」である。


「……陛下、目が。網膜が焼き切れそうです。報告書の白紙が反射して、文字が発光しているように見えます」

 バルガスが、遮光率99%の特製サングラスを二重にかけて涙を流していた。


「……光害か。事務官にとって、睡魔を妨げる過剰な光は猛毒だ。……一行の数字を確認するのに、溶接作業のような防護装備が必要だとは、もはや嫌がらせを通り越して宗教的迫害だぞ」


 俺は、アイゼン特製の「鋼鉄製ハンコ押し機」が放つ銀色の光沢が、周囲の乱反射を拾ってビームのように目に刺さる現象に、深刻な殺意を抱いていた。


 1

 クリーン・スカイ号がギラギラの王都「ルクス」に着陸すると、出迎えたのは、溶接工のような全面マスクを装着した国王ピカピカ三世だった。


「……オオ、魔王殿! よくぞこの輝かしい国へ! ご覧の通り、我が国は24時間フルタイム営業! 役所の窓口は常に全開! ですが職員たちは睡眠不足で常に幻覚を見ており、納税書類に『神の光が見える』とだけ書いて提出してくる始末です!!」


 王が腕を振るたびに、豪華な金糸のローブが光を反射して周囲を失明させかける。役所の中では、職員たちが目隠しをしながら手探りでハンコを押し、そのせいで書類が上下逆さまに受理されるミスが多発していた。


「……これは非効率の極致よ。……くくく、魔王様! この光エネルギーの集積……、これを利用すれば、大陸ごと蒸発させる熱線兵器が作れるかもしれませんぞ!」

 エドワードが、あまりの眩しさにサングラス越しに目を血走らせながら笑った。


「……研究は後よ。……まずはこの『光の暴走』を止めなきゃ。……魔王様、この国の空気、すべて『物理的に遮光』しましょう。……私の網膜が、輝度オーバーで数値を読み間違えるのは許容できない!」

 テトラが、演算機に遮光カーテンを巻き付けながらブチギレていた。


 2

「……リリナ、アルス、準備はいいか」


「はい、陛下! 特製『偏光ナノ粒子・スモーク剤』、400トン散布しますわ! これで空気中に浮遊する光の粒子を整列させ、余計な乱反射をカットし、黄昏時のような目に優しい安らぎを取り戻します!」

 リリナが、巨大な噴霧装置を構えて聖なる日陰を約束した。


「……俺は、あの光を反射しまくってる余計な水晶の角を、物理的にぶっ壊すだけだ。……おい、騎士団! 眩しくて前が見えないなんて言い訳は聞かん! 心の目でターゲットを捉え、街中に遮光シートを張り巡らせろ!」

 アルスが、真っ黒な防光テントを担いで、目を細めながら騎士たちを蹴り飛ばす。


 3

『あはは! 見て、アストレア! 魔王様が、世界で一番巨大な「遮光カーテン」になろうとしてるわ! 眩しすぎる事務なんて、ただの我慢大会だものね!』


 雲の上で、ノルンが面白そうに鏡の破片をばら撒いて光を増幅させている。

 彼女たち女神は、この「明るすぎる悲劇」が、魔王の「影の合理性」によって塗りつぶされる瞬間を、一級のエンターテインメントとして観測していた。


『ねえ、魔王様。いっそのこと、国民全員の目を「猫の目」に変えてあげようか? 夜目が効きすぎて、自分の鼻の頭すら眩しくなるかもしれないけど!』


(……、余計な生体改造を提案するな。……適切な明暗のサイクルこそが、健康(事務効率)の源だ)


 4

「……全砲門、開け! ……ただし、撃つのは閃光弾じゃない。……魔王領特製『ダークマター・遮光ドーム』だ! 都市全体を、一筋の無駄な光も通さない『漆黒のベール』で包んでやれ!」


 ドォォォォン!!

 クリーン・スカイ号から放たれた無数の遮光ポッドが空中で展開し、一瞬にして都市の空が「夜」に染まった。

 水晶の山脈が放つ光はドームの内側で吸収され、街には数百年ぶりの「本物の暗闇」が訪れた。


「……あ、あ……。……暗い。……目に痛みを感じない。……インクの色が、はっきりと黒く見える。……これほどまでに『文字』とは美しいものだったのか……」

 ピカピカ国王が、街頭の微かな明かりの下で書類を眺め、涙を流した。


 俺は、表面にマットブラックの焼き付け塗装を施した「鋼鉄製ハンコ押し機」を王宮の執務室に設置した。

「……ピカピカ国王。……掃除の後は、休息だ。……『労働時間における最低暗度保持法』を、テトラが今から布告する。……まずは全員、アイマスクをつけて三日三晩眠れ」


 ギラギラの国に、建国以来初めての「深い眠り」が訪れた。

 俺の視察旅行は、ついに光子すらも事務的に制御し始め、世界の隅々まで「適正なコントラスト」を広げていく。


「……。……次は、お前のその『無駄にキラキラした性格』も、落ち着いたマット仕上げにしてやろうか?」


 俺の皮肉を乗せて、クリーン・スカイ号は、夜の帳が下りたギラギラの空を、次なる目的地へと向かった。

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