第44話 黒煙の都市と、頑固領主の『大掃除』
高速行政執行艦「クリーン・スカイ号」は、黒い煙を吐き出す鉄鋼都市アイゼンの中央広場へと、文字通り「降臨」した。着陸の衝撃と共に、リリナ特製の煤煙中和剤が微細なミストとなって散布され、重苦しかった空気の匂いが一瞬でレモングラスの香りに上書きされる。
「……な、なんだこの船は!? 聖教国の審問船か、それとも隣国の奇襲か!?」
煤で汚れた鎧を着たアイゼンの門番たちが、咳き込みながら槍を構えて集まってきた。
俺はタラップを悠然と降り、右手に「環境汚染罰金通知書」、左手に「名誉顧問のバッジ」を携えて言い放った。
1
「……アイゼン領主、ゲオルグに伝えろ。……世界平和維持機構の名誉顧問が、『定期清掃監査』にやってきたとな」
「名誉……顧問だと? そんな役職、聞いたこともないぞ!」
門番がたじろぐ中、シア王女が公印の押された親善大使の証書を突きつける。
「……お黙りなさい! 私の顔を忘れたとは言わせませんわよ。……この都市の空が汚すぎて、私のドレスが一瞬で灰色になりましたわ。……この損害、どう責任を取るおつもり?」
王女の剣幕に、門番たちは慌てて領主の館へと走っていった。
一時間後。館の広間では、頑固で有名な老領主ゲオルグが、煤けた髭を震わせて俺を睨んでいた。
2
「……魔王だか顧問だか知らんが、我がアイゼンは鉄を打ち、武器を作ることで成り立っている! 煙は繁栄の証、煤は労働の誇りだ! それを掃除しろなどと、余計なお節介だ!」
ゲオルグが机を叩く。だが、その横ではテトラが冷徹に算盤を弾き、エドワードが都市の排水サンプルを顕微鏡で覗き込んでいた。
「……誇り? 笑わせないで。……この煙のせいで、工員の肺疾患による欠勤率が30%を越えているわ。……鉄を打つ人間がいなくなれば、あなたの『繁栄』とやらはただの錆びた屑鉄よ」
テトラが、真っ赤なインクで書かれた損益計算書を突きつける。
「……それに、この排水。……くくく、ゲオルグ殿。……このまま放置すれば、三ヶ月後には地下水が腐り、あなたの自慢の『名酒』も毒水に変わりますぞ」
エドワードが、腐敗した水のデータを突きつけた。
3
『あはは! 頑固親父が数字の暴力でボコボコにされてるわ! 魔法で脅すより、よっぽど残酷ね!』
天井の梁から、ノルンの楽しげな声が響く。彼女はこの「頑固な伝統」が「合理的な衛生」に敗北する瞬間を、新しい時代の幕開けとして観測していた。
『ねえアストレア、見てよ。あの領主、自分の酒が飲めなくなるって聞いた途端、顔色が真っ青よ。……魔王様、トドメに「魔王領特製・高性能フィルター」を売りつけちゃえば?』
(……だめがみ。……売りつけるんじゃない。……「強制導入」させるんだ)
4
「……ゲオルグ。……鉄を打つのは勝手だが、空を汚す権利はお前にはない。……一週間以内に、この設計図通りの煙突フィルターと浄化槽を設置しろ。……さもなくば、アイゼン産の全製品に『環境破壊特別関税』を100%上乗せするよう、周辺諸国に通達する」
「……100%!? そんなことをされたら、我が都市は破産だ!」
「……なら、掃除しろ。……道具はうちが貸してやる。……アルス、出番だ。……騎士たちに『効率的な煙突の磨き方』を叩き込んでやれ」
アルスが、巨大なワイヤーブラシを担いで不敵に笑った。
「……安心しろ、領主様。……俺のしごきは、神の試練より厳しいぞ」
アイゼンの空が、石鹸の泡と勇者の怒号によって「大掃除」される一週間が始まった。
俺の視察旅行は、行く先々の空気を物理的に浄化し、権力者たちの慢心をも洗い流していく。
「……だめがみ。……次の視察先は、もっと『静かな場所』にしてくれよ。……俺の耳が、ブラシの擦れる音で難聴になりそうだ」
俺のぼやきを乗せて、アイゼンの黒い空から、少しずつ青い隙間が見え始めていた。
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