第43話 世界視察の第一歩と、空飛ぶ事務局

「世界平和維持機構・名誉顧問」という、いかにも肩書きだけで実務が山積みになりそうな役職を引き受けてから数日。俺の執務室は、人間領諸国から届いた「お悩み相談(という名の陳情書)」で天井まで埋め尽くされていた。


「……バルガス。有給休暇300日の約束はどうなった。契約書のインクが乾く前に、仕事が降ってきてるんだが」


「陛下、これは『視察』という名のバカンスですよ。……見てください、エドワード殿とテトラ殿が、視察用の『公用車』を完成させました」


 俺が港へ連れて行かれると、そこには前回撃ち出した「石鹸ポッド」を巨大化させ、豪華な内装を施した「空飛ぶ事務局船」が浮いていた。


 1

「……ポッドじゃないわ。これは『魔王領・高速行政執行艦:クリーン・スカイ号』よ。……世界中の紛争地へ、石鹸と契約書を30分以内にお届けするわ!」


 テトラが、狂気に満ちた目で操縦桿を握っている。


「……くくく、魔王様! この船の動力は、蓄積された『領民の労働意欲』を魔力に変換する新システムですな! 働けば働くほど、速く飛べるのですぞ!」


 エドワードが、怪しげなメーターを指差して笑った。


 俺は眩暈(めまい)がした。この船に乗るということは、俺が休めば船も止まるということか。物理的に「サボり」が許されない構造になってやがる。


「……おい、俺も乗るぞ。ラルク王国のシアを実家に送り届けるついでに、各地の『不衛生な関税』をツルハシでぶっ壊してやる」


 アルスが、機内サービス(という名のスコップ配布)の準備をしながら乗り込んできた。


 2

「……魔王様! 最初の視察先は、北方の『鉄鋼都市アイゼン』ですわ! あそこは煤煙で空が汚れ、洗濯物が乾かないと苦情が出ておりますの!」


 シア王女が、ガイドブックを広げてはしゃいでいる。


「……アイゼンか。あそこの領主は、確か『神の火こそが産業の証』とか言って、環境対策を一切無視していた頑固親父だったな」


 俺は、テトラが強引に押し出した「離陸ボタン」を眺めながら、重い溜息をついた。

 空飛ぶ事務局船は、凄まじいG(重力)と共に魔王領を飛び立ち、一瞬で雲の上へと突き抜けた。


 3

『あははは! 見て、魔王様が「空飛ぶオフィス」に監禁されてる! 最高にクリエイティブな休日ね!』


 雲の間から、ノルンの楽しげな声が響く。

 彼女たちは、俺が世界中を飛び回り、各地のドロドロとした問題を石鹸と事務処理で「洗浄」していく様子を、新しい冒険譚として配信(観測)するつもりのようだ。


『ねえアストレア、見てよ。アイゼンの空が黒い煙で覆われてるわ。……魔王様、あそこの空を「泡」で真っ白に洗ってあげたら、みんな驚くと思わない?』


(……。……これ以上の泡パーティーは予算オーバーだ。俺は、書類一枚で解決してみせる)


 4

 眼下に広がるのは、真っ黒な煙を吐き出す鉄鋼都市アイゼン。

 住民たちは咳き込み、白いシャツは一瞬で灰色に染まる、神に見放されたような「重工業の地獄」だ。


「……よし、全職員に伝えろ。……降下準備だ。……武器は持つな。……代わりに、リリナ特製の『高濃度・煤煙中和剤』と、俺が書いた『環境汚染罰金通知書』を用意しろ」


 俺の命令に、テトラが不敵な笑みを浮かべてレバーを引いた。


「……ターゲット、中央広場の煙突! ……デリバリー・フロム・ヘブン、開始よ!!」


 魔王領の「世界視察」という名の強引な平和維持。

 その第一歩は、黒煙を切り裂く石鹸の香りと共に、アイゼンの空へと叩き込まれた。


「……。……次は、掃除の後の『おやつ』の加護でも用意しておいてくれ。……糖分が足りないと、事務処理が捗らないんだ」


 俺のぼやきを乗せて、事務局船は急降下を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る