第42話 人間領からの『公式親善大使』と、魔王の再就職?

 魔王領の「大レクリエーション大会」という名の強制労働に近い休日が明けた翌朝。俺は全身の筋肉痛(主にサインのしすぎによる右手の腱鞘炎)と共に目を覚ました。だが、運命の神……もとい、空の「」たちは、俺に二度寝の慈悲すら与えない。


「陛下! 港に、かつてないほど巨大な、そして『金ピカ』な船が接岸しました! 聖教国ではなく、人間領諸国連合の『公式親善大使』を名乗っております!」


 バルガスの叫び声に、俺は枕を投げつけた。


「……親善大使? 昨日の屋台の残飯でも食わせて、さっさと追い返せ」


「それが……、彼ら、手土産に『魔王領の独立承認書』と、陛下への『世界平和維持機構・名誉顧問』への就任要請書を持ってきているのです!」


 1

 港へ向かうと、そこには着飾った貴族たちと、彼らを護衛する精鋭騎士たちが整列していた。中央に立つのは、人間領でも高名な老外交官、アルフォンソ公爵だ。


「おお……! 貴殿が、石鹸で世界を浄化し、武力なき平和を築き上げた賢明なる魔王陛下か! 諸国連合は、貴殿の功績を称え、この島を正式な独立国家として認め、さらには……」


「……待て。その『名誉顧問』とやらは、具体的に何をするんだ?」


 俺の問いに、アルフォンソは満面の笑みで答えた。


「決まっております! 世界各地で起きる紛争の『事務的解決』、および衛生環境の指導、そして各国の財務監査を……! 貴殿の、その冷徹にして完璧な事務処理能力を、世界が求めているのです!」


 2

「……再就職か。……それも、世界規模のブラック企業への」


 俺は、背後に控えていたテトラとエドワードを見た。二人は既に「世界各国の財務データが手に入る!」と、狂喜乱舞して計算尺を振り回している。


「……陛下、これは素晴らしいチャンスよ。世界中の関税を統一して、魔王領の石鹸を全人類に売りつけることができるわ!」


 テトラの目が、金貨のマークに変わっている。


「……勇者アルスも、ラルク王国のシア王女も、既に『実地研修の教官』として内定が出ているようですな」


 バルガスが、勝手に俺のスケジュール帳に「世界視察」の文字を書き込んでいく。


 3

『あははは! 魔王様、ついに出世しちゃったわね! 「魔王」から「世界最高の官僚」へ転職!?』


 空からノルンの鈴を転がすような笑い声が降ってくる。

 彼女たちは、俺を狭い島に閉じ込めておくよりも、世界中を駆け回らせて「事務的な奇跡」を起こさせる方が、観察対象として面白いと判断したらしい。


『ねえアストレア、見てよ。魔王様が名誉顧問になったら、世界中が石鹸の匂いでピカピカになっちゃうわ。……私たちの出番、本当に無くなっちゃうかもね?』


(……だめがみ。……勝手に俺のキャリアプランを決めるな。俺は、寝たいんだよ!)


 4

「……断る。……俺は、この島の『領主』だ。世界を救う暇はない」


 俺が冷たく言い放つと、アルフォンソ公爵は慌てて追加の条件を提示した。


「……も、もちろん、報酬は望むままに! それに、顧問期間中は『完全なプライバシーの保護』と『年間300日の有給休暇』を保証いたします!」


 有給休暇、300日。

 その甘美な響きに、俺の理性がわずかに揺らいだ。


「……バルガス。……契約書を持ってこい。……ただし、一行でも『緊急呼び出し』の項目があったら、その場でこの金ピカの船を沈めるからな」


 魔王領は、もはや一島の問題を超え、世界の「仕組み」そのものを書き換える中心地になろうとしていた。

 俺の隠居生活は、世界規模の「事務」という荒波に飲み込まれながら、さらに遠く、激しく更新されていく。


「……。……次、誰かを連れてくるなら……せめて、俺の代わりにハンコを押すだけのゴーレムでも作っておいてくれ」


 俺のぼやきを乗せて、人間領の使者たちは、歓迎の泡パーティーの中へと招き入れられていった。

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