第39話 聖域守護艦隊の襲来と、魔王の『事務的迎撃』
水平線を埋め尽くすのは、聖教国の威信を懸けた「聖域守護艦隊」の白銀の船体だった。かつての偵察部隊とは比較にならない、一隻一隻が都市を滅ぼす魔導砲を積んだ浮遊要塞。彼らは魔王領を「石鹸で民を惑わす邪教の拠点」と断定し、武力による完全な「浄化」を宣言していた。
「……陛下。敵の総旗艦より通信です。『一時間以内に元勇者、聖女、および不浄なる泡の製造機を差し出せ。さもなくば、この島を地図から消去する』とのこと」
バルガスが、冷や汗を拭いながら報告する。
「……差し出せだと? せっかく整備した第4区画が台無しになるだろうが。……テトラ、エドワード。迎撃の準備はどうなってる」
俺は、昼寝用のソファから重い腰を上げた。
1
財務局の屋上では、テトラとエドワードが巨大な「放水用カタパルト」の最終調整を行っていた。
「……完璧よ。……聖教国の魔導バリアは、高密度の魔力を弾く構造になっているけれど。……物理的な『粘り気』と『泡の膜』には、浸透圧の計算が追いつかないはず」
テトラが、狂気に満ちた目で計算尺を弾く。
「……くくく、魔王様! 我が軍の秘密兵器『超高圧・界面活性・粘着液』……。これを敵の魔導エンジン吸気口に流し込めば、聖なる輝きも一瞬で『泡詰まり』を起こしますぞ!」
エドワードが、試験管に入ったドロドロの液体を掲げて笑った。
彼らにとって、この戦争は「科学が宗教を上回る」ことを証明するための実験場に過ぎない。
2
「……おい、俺の出番はないのか?」
アルスが、いつもの作業着のまま、肩にツルハシを担いでやってきた。
「……せっかく巡礼者たちが掘り上げた土を、あいつらの大砲で汚されたくないんだ」
「……お前は、漏れ出した泡で滑って転ぶ敵を、片っ端から『不法投棄物』として回収しろ。……リリナ、お前は巡礼者たちに耳栓とレインコートを配れ。……これから、少しばかり『派手な洗車』が始まるからな」
俺は右手を上げ、港の防波堤に並んだ魔族の砲手たちに合図を送った。
3
『あはは! 見てアストレア! 聖教国の最新鋭要塞が、ピンク色の泡で包まれようとしてるわ! 芸術的じゃない!?』
空からノルンの楽しげな声が響く。彼女たちは、自国の最高戦力が「洗濯洗剤の塊」に飲み込まれていく様子を、ポップコーンでも食べながら眺めているような気配だ。
『ねえ魔王様、そんなに泡だらけにしたら、あのおじさんたちの鎧、ピカピカになっちゃうわよ? ……神罰を下すついでに、お洗濯までしてあげるなんて、本当に慈悲深いわね!』
(……だめがみ、黙ってろ。これは「経費削減」のための非致死性兵器だ)
4
ドォォォォン!!
魔王領のカタパルトから、巨大な「洗剤弾」が放たれた。
聖教国の艦隊が展開した神聖バリアは、物理的な「粘液」を受け流すことができず、艦橋からエンジンに至るまで、文字通りピンク色の泡に埋め尽くされていった。
「……な、なんだこのヌルヌルは!? 動力が……動力を泡が吸い取っていく! 騎士団員、全員滑って立てません!」
通信機から、司教の悲鳴が聞こえる。
「……これが魔王領の『事務的迎撃』だ。……命は取らん。だが、そのヌルヌルが落ちるまで、お前らは海の上で一生懸命『自分たちの正義』を洗い流してろ」
俺は、泡の中で右往左往する白銀の艦隊を眺めながら、再びソファに身を沈めた。
武力行使は高くつく。だが、「清掃」という名目なら、いくらでも予算が降りる。
俺の平和な日常は、こうしてまた一つ、シュールな神話として刻まれていった。
「……だめがみ。……後片付けの雨、頼むぞ。……泡が残ると、明日の交易船が滑って接岸できないからな」
俺のぼやきに応えるように、空には虹色の雲が浮かび、優しい霧雨が降り始めた。
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