第38話 魔王領の『観光地化』と、招かれざる巡礼者
ラルク王国の「泡パーティー事件」は、皮肉にも魔王領にとって最高の宣伝となってしまった。聖教国の封鎖を空から飛び越え、一夜にして疫病の都を浄化し、ついでに女神の紙吹雪で彩ったという伝説は、尾ひれがついて人間領全土に広まったのだ。
「……陛下、大変です。入国審査の待機列が、ついに隣島の領海を越えました。しかも、今度は商人や刺客ではありません。……『巡礼者』です」
バルガスの報告に、俺は飲みかけの茶を吹き出しそうになった。
「巡礼だと? ここは魔王の島だぞ。聖地でも何でもない」
「それが……彼ら曰く、『神の奇跡よりも即効性のある、魔王の石鹸の泡に包まれて昇天したい』とのことで。……もはや新興宗教に近い熱狂ぶりですな」
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港の検問所に降りていくと、そこには白装束に身を包んだ怪しげな集団が、何百人も跪いて祈りを捧げていた。
「おお……! あれが『泡の主』、魔王陛下か……!」
「陛下! どうか、我が不浄な魂(と加齢臭)を、あの魔法の泡で洗い流してくだされ!」
彼らが掲げている聖印は、なんと石鹸を模した四角い木片だった。
俺は頭を抱えた。
「……バルガス。あいつら、全員『不法占拠』で強制送還しろ。うちは観光地じゃない、ただの開拓地だ」
「それが……、テトラ殿がまた余計な知恵を。……『この巡礼者たちにスコップを持たせれば、第4区画の埋め立てが三日で終わる』と、彼らを『ボランティア労働者』として受け入れてしまいました」
(……あの計算バカ、信仰心まで労働力に換算するな!)
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広大な工事現場では、巡礼者たちが「聖なる労働!」と叫びながら、猛烈な勢いで泥を運んでいた。
その隣では、元勇者のアルスが呆れ果てた顔でツルハシを振るっている。
「……おい、陛下。この連中、俺が勇者だった頃より熱心に働いてるぞ。……石鹸の泡を一吹きしてやるって言っただけで、大岩を素手で動かしやがった」
「……信仰の力っていうのは、時に物理法則を凌駕するからな。……リリナ、お前からも何か言ってやれ」
「ええ……。私も頑張って『これはただの衛生用品です』と説得しているのですが……。『聖女様が泡立てた水は、魂の洗濯機だ!』と、ますます盛り上がってしまって……」
リリナも、かつての「聖女」としての威厳が、変な方向で再燃していることに困惑を隠せないようだった。
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『あはは! 素晴らしいわ! 信仰の対象が「目に見えない神」から「目に見える泡」にシフトするなんて、宗教改革の歴史的瞬間ね!』
空からノルンのご機嫌な声が響く。
彼女たちは、自分たちの信者が魔王の便利グッズに乗り換えていく様子を、嫉妬するどころか「新しい推し活」として楽しんでいた。
『ねえアストレア、見て! あの巡礼者たちが着てる服、背中に「魔王領・石鹸教団」ってプリントされてるわよ! ……あれ、グッズ販売したら儲かるんじゃない?』
(……だめがみ。……商売っ気を出すな。これ以上、この島を『テーマパーク』にするのは御免だ)
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だが、この熱狂の影で、聖教国の本隊がついに動き出していた。
信仰を奪われ、経済を泡に沈められた彼らにとって、魔王領はもはや「交渉すべき隣国」ではなく、「根絶すべき異端」へと昇格してしまったのだ。
「……陛下。水平線の向こう、聖教国の本戦隊……『聖域守護艦隊』が姿を現しました。……今までの偵察部隊とは規模が違います。……どうやら、本気でこの『観光地』を更地にするつもりのようですな」
「……ふん。せっかくのボランティア労働が、戦争で中断されるのは経費の無駄だ」
俺は、巡礼者たちが楽しそうに掘り起こしたばかりの土を踏みしめ、港の最前線へと向かった。
静かな隠居生活。その理想を汚す奴らには、石鹸の泡よりも刺激の強い「現実」を叩き込んでやる必要がある。
「……だめがみ。……次回の『神罰』、もしあるなら……あの艦隊の火薬を全部、石鹸の粉に変えておいてくれ」
俺の不敵な呟きに、空の女神たちは、期待を込めた虹色の光を放った。
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