第37話 泡の中の和平交渉と、女神の嫉妬
魔王領から射出された「石鹸ポッド」は、ラルク王国の王都広場に見事着弾した。だが、テトラの計算が少しばかり「効率」に寄りすぎたせいか、着弾の衝撃で数千個の石鹸が粉砕。折しも降っていた小雨と混ざり合い、王都の中央広場は一瞬にして、大人の腰まで埋まるほどの「巨大な泡のプール」へと変貌した。
「……何よ、この光景は。幻想的というより、ただの事故じゃない」
シア王女が、泡まみれになりながらも、空から降ってきた『魔王領謹製』の看板を拾い上げる。
一方、その「泡の海」を突破して無理やり和平交渉(という名の抗議)にやってきたのは、聖教国の特使カスティール司教だった。
1
「……おのれ魔王! 聖なる都を泡だらけにし、民の信仰を物理的に洗い流すとは! これは何の嫌がらせだ!」
カスティールは、白銀の法衣を泡で台無しにしながら、水晶球通信越しに俺を睨みつけた。
「……嫌がらせじゃない。迅速な配送の結果だ。……司教、そちらが経済封鎖なんて時代遅れな真似をするから、うちの財務局がキレて『弾道物流』なんて新事業を始めたんだぞ」
俺は、執務室で優雅に(実際は胃痛に耐えながら)茶を啜り、画面越しの司教をあしらった。
泡の中で溺れかけている騎士たちを見ていると、これが戦争なのか喜劇なのか、自分でも分からなくなってくる。
2
「……いいか、司教。この泡はただの泡じゃない。ラルク王国の全土に蔓延していた疫病の菌を殺し、街の悪臭を浄化している。……お前たちの祈りで、これほどの『物理的な清浄』が実現できたか?」
「くっ……。だが、これは神の秩序を乱す行為だ! 人間は苦難を耐え忍ぶことで救われるのだ!」
「……寝言は寝て言え。……俺の領民たちは、快適な生活のために働いている。……不便を強いるのが神なら、清潔を売るのが魔王だ。……どっちが民に選ばれるか、この泡の海を見て考え直せ」
司教が反論しようとしたその時、広場の民衆から歓声が上がった。泡の中で滑りながら遊ぶ子供たちや、長年の皮膚病が和らいだと涙を流す老人たちの姿が、水晶球に映し出された。
3
『……ちょっと待って。何よ、あの盛り上がり! 私たちの降らせる「恵みの雨」より、魔王様の「石鹸の泡」の方が喜ばれてるじゃない!』
空からリュシエラの嫉妬に満ちた絶叫が響く。知恵の女神として、自分の授けた知識が「石鹸の物量」に負けたことが、耐え難い屈辱だったらしい。
『アストレア、見て! あの民衆の笑顔! 私たちの神殿に祈る時より、ずっと楽しそうよ! ……許せない、魔王様! 私たちも負けないくらい「キラキラした何か」を降らせてあげるわ!』
(……やめろ、リュシエラ。余計なデコレーションを追加するな。掃除が大変になるだろうが!)
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案の定、空から色とりどりの「祝福の紙吹雪」が降り注ぎ始めた。泡と紙吹雪が混ざり合い、王都はもはや収拾がつかないほどの「泡パーティー会場」と化した。
「……バルガス。ラルク王国にメッセージを送れ。……『追加の清掃費用は、聖教国に請求してください』とな」
「ははっ! 司教の顔色が、石鹸の泡よりも白くなっておりますな!」
俺は、再び騒がしくなった水晶球の通信を切った。
神の権威を、石鹸という名の「日用品」で根底から揺るがす。
俺の目指す平和は、剣の音ではなく、泡が弾ける音とともに、じわじわと世界に浸透し始めていた。
「……だめがみ。……次は、泡を消すための『マイクロファイバー雑巾』でも降らせてくれよ」
俺のぼやきを乗せて、窓の外では再び、次の輸出ポッドの装填音が響いていた。
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