第13話 魔王、肩書きを聞いて困る
「……さて。居住区の割り当ては終わった。次は『入国管理書類』の作成だ」
俺は執務室の机に、魔族の皮をなめして作った(少し独特の匂いがする)厚手の書類を広げた。
魔王領は今、単なる「魔物の吹き溜まり」から、一つの「国家」へと脱皮しようとしている。そのためには、誰がどこで何をしているかを把握する台帳が不可欠だ。
目の前には、椅子に深々と腰掛け、所在なげに視線を泳がせている元勇者一行。
アルス、聖女、賢者の三名だ。
「まず、名前と年齢を」
「アルス。二十一歳だ」
「リリナです。十九歳……になります」
「テトラ。……十七」
ここまではいい。問題はその次だ。
1
「次に、前職と……この島で活かせる『技能(スキル)』を教えてくれ。神の祝福に頼らない、物理的なやつをな」
俺がペンを走らせようとすると、三人は一様に黙り込んだ。
「……前職、と言われてもな。俺は物心ついた時から『勇者』として育てられた。魔物を斬ることと、聖剣を光らせること以外、教わっていない」
「私もです……。『聖女』として神殿に囲われ、祈りと治癒の奇跡を捧げる毎日でした。洗濯も料理も、すべて侍女がやってくれていたので……」
(……知ってた。知ってたよ。こいつら、現代で言うところの『超高学歴だが社会経験ゼロのニート』予備軍だ)
「テトラ。お前は賢者だろう? 魔法以外に何ができる」
「……古代文字の解読。星読み。あと、魔力の波長を数式化できる」
「よし、テトラ。お前は採用だ。後で財務部へ行け。複雑な計算や台帳の整理なら、その頭脳が使えるはずだ」
「えっ……? 魔法を使わない仕事、するの……?」
「当たり前だ。この島に魔力供給源(パワースポット)はない。地道に算盤を弾け」
2
問題は残りの二人だ。
俺は「職業欄」を見つめて頭を抱えた。
「アルス。お前の『勇者』という肩書きだが……。この島でそれを名乗るのは、元プロボクサーが幼稚園の砂場で暴れるくらい場違いだ。魔族たちの感情を逆なでするだけだしな」
「……わかっている。だが、俺に何ができる? 剣を捨てたら、ただの力自慢の男だ」
「力自慢、か……」
俺は台帳の『警備員』という項目を見つめたが、すぐに打ち消した。元勇者に治安維持を任せたら、窃盗犯を聖剣(の残滓)で消し飛ばしかねない。
「よし、アルス。お前は『土木作業員』だ。開拓地の岩運びと、用水路の掘削を担当しろ。その強靭な足腰なら、魔族の重機代わりになれる」
「ど、どぼく……?」
「不満か? 自分の食いぶちを自分で掘る。これほど高潔な仕事はないぞ」
次に、リリナに向き直る。
「聖女様。お前は……そうだな。治癒の魔法が使えないなら、ただの『薬草に詳しいお姉さん』だ。保健衛生の係として、民の健康管理と、怪我人の包帯巻きを担当してもらう」
「包帯……。神の光ではなく、布を巻くのですか?」
「そうだ。光より布の方が、剥がれにくくて安心だぞ」
3
俺が無理やり「肩書き」を書き換えていると、天井のあたりからクスクスという忍び笑いが漏れてきた。
『ねえ、ひどくない? 世界の希望だった勇者を「土方(どかた)」、聖女を「包帯巻き」にするなんて。魔王様、あなた本当に冷徹ねぇ』
(うるさいぞ、ノルン。実益のない肩書きは、この島じゃただの荷物だ)
『いいじゃない、アルス君。新しい職場で頑張りなさいよ? 私も「運命」という名のシフト表、調整してあげるから!』
(……不吉なことを言うな。シフトをいじるのは現場責任者の俺の仕事だ)
俺は女神の声を無視し、完成した書類をバルガスに手渡した。
「いいか、バルガス。今日から彼らは『元英雄』ではない。ただの『新米労働者』だ。特別扱いはするな。サボったら給料(メシ)を抜け」
「ははっ! 承知いたしました。……しかし陛下。元勇者にスコップを持たせるとは……皮肉を通り越して、もはや芸術的ですらありますな」
「芸術なんていいから、さっさと現場へ連れて行け」
俺は三人を追い出すようにして、椅子に背を預けた。
これでよし。
「神話の住人」を「現実の労働力」に変換する。
これが、俺がこの島で進める「脱・神話化」の第一歩だ。
だが、書類に書かれた『職業:土木(元勇者)』の文字を見つめながら、俺は拭いきれない不安を感じていた。
あの女神たちが、この「地味な再就職」を黙って見守ってくれるはずがないのだから。
「……だめがみ。……どうか、余計なボーナス(奇跡)を支給しないでくれよ」
俺の祈りは、今日も空高く、悪趣味なほど青い空へと吸い込まれていった。
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