第12話 元勇者たち登場
「……陛下。あの、人間たちが詰め込まれた倉庫の様子ですが……ひどい有様です」
翌朝、バルガスが苦虫を噛み潰したような顔で報告に来た。
俺は淹れたての(魔界産でやたら苦い)茶を啜り、薄い溜息をつく。
「ひどいってのは、暴動でも起きたか? それとも、魔族が夜這いでもかけたか?」
「いえ……その逆です。彼ら、何もできないのです。薪一つ割れず、火も熾せず、ただ暗がりで震えております」
俺は茶碗を置いた。
かつての勇者一行といえば、神の祝福によって「願えば火が灯り、振れば剣が光る」ような存在だったはずだ。だが、今の彼らはその「魔法の蛇口」を締められた状態にある。
1
倉庫を改装した臨時居住区へ足を運ぶと、そこには昨日の「伝説の面々」が魂の抜けたような顔で座り込んでいた。
リーダーのアルスは、錆びた剣を杖代わりに、湿った薪と格闘している。
「……くそっ。なぜだ、なぜ火がつかない。昔は指を鳴らすだけで……」
「アルス様、無駄ですよ。聖なる加護がないこの地では、私の祈りもただの独り言にしかなりません……」
隣で項垂れているのは、聖女と呼ばれていた女性だ。泥に汚れた法衣が痛々しい。
さらには、分厚い魔導書を枕にして眠りこけている、魔力切れの賢者らしき少女。
彼らは「最強の武器」を失ったのではない。
「生活の基礎能力」という概念そのものが欠落していたのだ。
「……バルガス。あいつらに、サバイバル読本……じゃなかった、初等教育用の『生活の手引き』を持ってこい」
「はっ、しかし陛下。彼らにそんな暇があるでしょうか?」
「暇しかないだろ。見てみろ、あの絶望した顔を」
2
俺はアルスの前に歩み寄り、彼の手から火打ち石を取り上げた。
カチッ、と鋭く火花を飛ばし、乾燥した枯れ葉に火を移す。
「……え?」
アルスが呆然と俺を見上げる。
「火は、神が授けるものじゃない。酸素と燃料と温度の管理だ。……勇者アルス、お前たちはこれまで、世界のルールを神に丸投げしすぎていたんだよ」
「……あんた、魔王だろ。なぜ、俺たちを助ける。殺して首を飾れば、魔族たちの士気も上がるはずだ」
アルスの瞳には、深い虚無が宿っていた。
自分たちが「必要とされなくなった」ことへの、やり場のない怒りと悲しみ。
「首を飾っても、腹は膨れないからな。……いいか、この島に『お客様』はいない。勇者として戦う必要はないが、一人の人間として、レンガを運ぶなり土を耕すなりしてもらう。……それが嫌なら、今すぐ海へ飛び込め。女神たちが拾ってくれるかもな」
俺が冷たく言い放つと、アルスは唇を噛み締め、消えそうな焚き火を見つめた。
3
『……あはは! ひっどーい! 魔王様、追い打ちかけすぎじゃない?』
空耳のように、ノルンのクスクス笑いが響く。
彼女たちは、この「元勇者の転落」すらも、一級のエンターテインメントとして楽しんでいるのだ。
『でもアストレア、見てよ。あのアルスの顔。あんなにボロボロなのに、魔王に煽られて少しだけ「目」に力が戻ったわよ?』
(……煽ってるんじゃない。現実を教えてるんだよ、だめがみ)
俺は心の中で毒づきながら、立ち上がった。
「アルス。明日から、お前たちの役割を決める。……まずは、その錆びた鎧を脱げ。この島じゃ、それはただの『重いゴミ』だ」
俺は背を向けて歩き出した。
背後で、アルスが小さく「……わかった」と呟くのが聞こえた。
魔王領に、かつての光は必要ない。
必要なのは、泥にまみれても明日を生きようとする、泥臭い意思だけだ。
「……バルガス。あいつらの身体測定と、職能適正テストの準備をしておけ。……特にあの賢者、計算ができるなら財務部に入れたい」
「……陛下。どこまでも実利的でいらっしゃいますな」
俺の隠居計画に、「元勇者ギルド」という名の、あまりにも使い勝手の悪い人材派遣会社が加わろうとしていた。
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