第7話 魔王「……だめがみ」
「虹色の塩」の回収作業は、徹夜に及んだ。
偽情報を流し、民の興奮を抑え、物理的な隠蔽工作を指揮する。前世のデスマーチを思い出す過酷な事務作業を終えた俺の目の下には、立派なクマが鎮座していた。
「……バルガス。あとは任せた。俺は、神に喧嘩を売ってくる」
「へ、陛下!? 畏れ多くも天界に攻め入るおつもりですか!?」
「いや、カスタマーセンターにクレームを入れに行くだけだ」
俺はフラフラとした足取りで、城の最上階にある展望テラスへと向かった。
そこは魔王領で最も空に近い場所。ここなら、あいつらに声が届きやすいはずだ。
1
テラスの中央で、俺は空を見上げた。
真っ青な空。白い雲。一見すれば平和そのものの景色だが、その裏側で、ニヤニヤしながらこちらを覗いている視線をはっきりと感じる。
「……おい、聞こえてるんだろ。ノルン。エルミナ。リュシエラ。……そしてアストレア」
名前を呼んだ瞬間、周囲の空気が一変した。
風が止まり、世界から音が消える。
神々とコンタクトを取るための「通信圏内」に入った証拠だ。
『あら、魔王様。あらたまってどうしたのかしら? 私の「幸運」、気に入ってくれた?』
ノルンの無邪気な声が、頭の中に響く。
「気に入るわけがないだろう。おかげで昨日の俺の睡眠時間はゼロだ。……いいか、よく聞け。あんたたちが良かれと思ってやっていることは、俺にとっては『嫌がらせ』以外の何物でもないんだ」
2
俺は一息つくと、溜まっていた鬱憤を吐き出した。
「エルミナ。勝手に花を咲かせるな。花粉症の魔族だっているんだ。リュシエラ。勝手に知識を啓示するな。段階を踏まない技術革新は社会を壊す。そしてノルン。お前の『幸運』は、この島を戦場に変える引き金だ」
沈黙が流れる。
女神たちにとって、自分たちの「祝福」がこれほど全否定されるのは、数千年の歴史の中で初めてのことだったに違いない。
『……でも、私たちはあなたの力になりたいだけなのよ? 人間たちはあんなに祝福を欲しがっていたのに……』
エルミナの困惑したような声。
それに対し、俺は最大限の冷徹さを込めて言い放った。
「それが『だめ』なんだよ。あんたたちは、結果だけを与えて過程を奪っている。努力して、失敗して、自分たちで答えを見つける。その『自由』を、あんたたちの親切が殺しているんだ」
3
俺は一度目を閉じ、深く息を吐いた。
そして、この世界に来てからずっと喉元まで出かかっていた言葉を、ついに形にした。
「……だめがみ」
『えっ?』
「自分たちの退屈を紛らわすために、下界をいじくり回すな。あんたたちは、ただ黙って見ていろ。……祝福なんて、いらないんだ。俺たちは、俺たちの手で勝手に幸せになる」
言い切った瞬間、ピシリと空間にヒビが入るような音がした。
女神たちの動揺が、天界の震動となって伝わってくる。
『……面白い。本当に面白いわ、魔王』
最後に聞こえたのは、アストレアの静かな、だがどこか楽しげな声だった。
『あなたの「拒絶」を、私たちは「観測」し続ける。……それが、あなたにどんな未来をもたらすのか、見届けさせてもらうわ』
圧迫感が消え、いつもののどかな風がテラスを吹き抜けた。
俺はその場に座り込み、ようやく戻ってきた静寂を噛み締める。
「……ったく。これで少しはおとなしくなればいいんだが」
だが、俺の予感は告げていた。
今の「だめがみ」発言が、彼女たちの火に油を注いでしまった可能性が高いことを。
「……さて。寝るか」
俺は重い体を引きずりながら、今度こそ二度寝を決めるために自室へと戻った。
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