第2章

慢心の代償


 結論から言おう。


 俺は負けた。


 それも、想像以上にボロボロに。


 街の外の平原。


 夕焼けの空の下、黒い影が蠢いていた。


 ゴブリン、オーク、狼型モンスター。


 数はざっと……五十。


「……思ったより多いな」


 だが俺は焦らなかった。


 なにせ経験値倍率×10。


 ここで何体か倒せば一気にレベルアップするはず。


 つまり。


「戦いながら強くなればいい」


 完全にゲーム脳だった。


 そしてそれが、致命的な慢心だった。


 最初の一体。


 ゴブリン。


 剣で首を斬る。


 《経験値取得》


 よし。


 もう一体。


 狼型モンスターが飛びかかる。


 避ける。


 斬る。


 《レベルアップ 13》


「ほらな」


 笑みがこぼれる。


 その瞬間。


 空気が変わった。


 ドン。


 地面が揺れた。


 森の奥から現れたのは――


 巨大な影。


 高さ三メートルはある。


 筋肉の塊。


 手には鉄の棍棒。


「……オーク?」


 いや違う。


 もっと大きい。


 もっと重い。


 頭の上に表示された文字。


《オーク・ウォーロード Lv45》


「……」


 沈黙。


「……あれ?」


 俺のレベル。


 13。


 いや、今14になった。


 差。


 31。


「いやいやいや」


 俺は笑った。


「まあでも」


 経験値倍率×10。


 戦えばすぐ上がる。


 たぶん。


 きっと。


 いや上がるはず。


 たぶん。


 ウォーロードが動いた。


 ドン。


 地面が陥没する。


「はやっ!?」


 次の瞬間。


 棍棒が振り下ろされた。


 ドゴォン!!


 爆発みたいな衝撃。


 地面が割れる。


「うわっ!」


 転がる俺。


 体中が痛い。


 HPゲージが一気に減る。


「……まじ?」


 もう一度。


 棍棒が振られる。


 避ける。


 転がる。


 だが――


 速い。


 重い。


 強い。


「くそっ!」


 剣を振る。


 オークの腕に当たる。


 だが。


 カンッ。


 弾かれた。


「硬っ!?」


 その瞬間。


 拳。


 ドゴッ。


 視界が回る。


 地面に叩きつけられる。


 息ができない。


「……」


 画面が赤く点滅する。


 HP残りわずか。


 そこでようやく気づいた。


 俺。


 ゲームだと思ってた。


 でもこれは。


 現実だった。


 オークが棍棒を振り上げる。


 終わる。


 そう思った瞬間。


 ――ドンッ!!


 矢が飛んできた。


 オークの肩に刺さる。


「撤退しろ!」


 騎士の声。


「新人! 立て!」


 誰かに担がれる。


 視界が揺れる。


 モンスターの咆哮。


 そして――


 俺の意識は、そこで途切れた。


 目を覚ましたとき。


 白い天井が見えた。


「……」


 体が重い。


 横を見る。


 椅子に座っている人物。


 ギルド受付嬢。


 腕を組んでいる。


 ものすごく冷たい目。


「あ」


 目が合った。


 数秒の沈黙。


 そして。


「……言いましたよね?」


 怖い。


「新人でレベル12は異常だって」


「……はい」


「慢心するなって」


「……はい」


「強いモンスターがいるって」


「……はい」


 彼女は深いため息をついた。


「結果」


 パチン。


 俺の目の前にウィンドウが開く。


 俺のステータス。


 そこに書かれていたのは――


《レベル:1》

《スキル:なし》


「……」


「……」


 沈黙。


「え?」


 受付嬢が言う。


「瀕死状態でダンジョンのリセット呪いを受けました」


「リセット?」


「はい」


 淡々と続ける。


「レベル」


「スキル」


「成長補正」


「全部」


 指を立てる。


「全損です。」


「……」


 頭が真っ白。


「……え?」


「ちなみに」


 受付嬢は続ける。


「あなたを助けた騎士団が言ってました」


「なんて?」


 彼女は俺を見て言った。


「“あの新人、めちゃくちゃドヤ顔で突っ込んでいった”って」


 俺は布団をかぶった。


「……」


 しばらく沈黙。


 受付嬢が言う。


「で」


「……はい」


「どうします?」


 俺は恐る恐る聞いた。


「レベルって……また上げられます?」


「上げられます」


「スキルも?」


「運がよければ」


「倍率スキルは?」


「消えました」


「……」


 静寂。


 受付嬢が最後に言った。


「まあ」


「はい」


「一からやり直しですね」


 そして。


 小さく笑った。


「言わんこっちゃない。」


 俺は天井を見つめた。


 レベル1。


 スキルなし。


 完全リセット。


 だが。


 ふと思った。


「……」


 これ。


 もしかして。


 本当のスタートじゃないか?


 俺はゆっくり起き上がる。


 受付嬢が呆れた顔で言う。


「もう行くんですか?」


「はい」


「今度は?」


 俺は答えた。


「慢心しません」


「ほんとですか?」


「……たぶん」


 受付嬢はまたため息をついた。


 そして言った。


「じゃあまず」


「はい」


「スライムからやり直してください。」


 俺の二度目の冒険は。


 こうして――


 レベル1から始まった。

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