第43話「ギャルの足」

「先輩、足取れちゃったんですか?」


ゲームを終えた後、彼女の異変に最初に気づいたのは堀田だった。


「あ~ごめ~ん!空気悪くしたあ」


ベッドにいた時と同じく、茜人形も、幽体の彼女の右足も、下が切断されたようになっている。


君野は思わず目を両手で覆ってしまった。


「ほら大丈夫~ぐろくな~い、いたくな~い」


茜はそうおどけて見せた。


「すぐ直せるか?」


堀田はそう言って、「失礼します」と人形の足に触れる。


中の構造を覗くこともせず、「はめ直せばいいだけ!」という力技で直そうとするが、関節は何故かまったく噛み合わない。


はめて回してを何度繰り返しても、彼女の足は力なくベッドに沈むばかりだった。


「なんでだ? 白黒、お前なんとかできないか?」


呼ばれたきいろは、無言で立ち上がり、人形を受け取る。


「きゃ!ロナウド…!」


茜は少し恥ずかしそうにスカートの裾を押さえ、布団に顔を埋めた。


きいろは彼女の膝裏に指を入れ、関節の接続部を覗き込む。

表面の肌に似せた素材を軽く押すと、じわりとわずかに沈む。


「……生き物の足みたいだ」


「え?そんなに細かいのか?」


「ワイヤーと柔軟素材、あと……腱の構造を真似てる。骨格もそう見える」


「……本当に、これ、人形なのか?」


「人間の身体を再現しようとした人形だ。目的が“飾る”んじゃない。……“動かす”ための構造」


きいろはそう言って、関節の奥をなぞる。

爺さんの狂気が、その緻密さに宿っているようで、堀田の背筋に冷たいものが走った。


「直せるか?」


「無理だ。やっても、不格好に歩けるように補助をつけるくらい」


「いいよ~。茜ちゃんイケメンの背中におぶってもらうから~。みんなこれから私のタクシーね!きゃっ!超お姫様!それにい、君野くんと今日は一緒にいる~」


彼女はおどけて両手を振る。


「連れて帰る」


きいろはそう、全員が振り返るような一言を言い放った。


「え?それってえ、お持ち帰りいいい!?」


ギャルの小麦色の肌が赤く染まり、頬に両手を当て悶絶する。


「これ、直すつもりなのか?」


「そんな技術はない。ただ、腸を煮えくり返しながら爺さんの執念を覗いてみたい」


堀田が聞き返すと、きいろはツンとして答えた。


「ど、どうする?先輩、歩けないんすよね」


「うん!でもお、今日は満月だからあ、君野くんを夜一人にしておくのもお、怖いかなあって思おう」


「堀田、お前が守れ」


「は!?!」


「今夜、この家から出るな」


ライバルの言葉に唖然としたまま、堀田は何度も頷いた。


「なに?なにかあるの?……さっきから、なんか変だよ」


君野はそう言って、堀田ときいろを交互に見る。


「きゃ~~~!!!失礼しまあああす!」


茜が雑に、きいろのパーカーのポケットに足と本体を突っ込まれる。

しかし彼女はそれすらも楽しんでいるかのように大人しくなり、人形の中に吸い込まれるように霊体は消えた。


「送るよ」


「いい」


君野の言葉をはねのけ、きいろはそのまま部屋を立ち去る。


玄関が閉まる音が響いた後も、堀田は身震いしていた。


「堀田くん?どうしたの?」


「かっっっっっっっっっくいい…!!!!」


「?」


「かあああ……!」


あいつの毒は俺にも効果てきめんだ…!

その痺れる地熱は、まだじわじわと全身を燃やしていた。


「かああ?」


「君野!俺、絶対お前を守るからな!」


ギラギラした目で君野を見つめる。

次の瞬間、押し倒す勢いで強く抱きしめた。


さらに右手をバリカンのように、君野の髪を撫で回す。


絶対に何が何でも守るんだ…!!!


堀田は、まだ何も理解していない君野に頬ずりした。


その夜


茜は、きいろの真っ暗な部屋にいた。


電気はついておらず、木の机にはわずかな電灯だけ。

きいろは専用の道具で、茜人形の精巧な足を分解していた。


高級腕時計の中のような細かな部品を見つめ、作業用のメガネをかけてひたすら集中している。


茜は、恋人のように後ろからちょっかいをかけたい欲を抑え、机の横に座って見上げていた。


きゃ~~~!!!ステキなぐらっしー!ロナウドがつけたらこんな感じかも…!


しかし目は一度も合わない。

彼女は部屋全体を見渡した。


部屋は全体的に古臭い。

山小屋にいた時の、現世を置いてきたような空気がそのまま残っている。


マネキンの胴体のようなものに、小さなキャンバスが飾られている。


壁にも何枚もの絵。

すべて同一人物――君野だ。


厚塗り、点描、鉛筆、抽象。

様々な手法で描かれている。


才能を枯らしたと言いながら、まだ追い続けている。


そんな葛藤が見えた。


「ねえ~あれ全部君野くん?」


「ああ」


「や~ん、嫉妬しちゃあう。自分で描いたの?」


返事はない。

茜はぷく~っと頬を膨らませる。


「ねえねえ、ちょっとお、不思議な感覚するう」


作業が続く中、話を続ける。


「私い、他の人の悲喜もこもこは感じるのに~、足が取れても肉体がなくなってもぉ、なんとも思わないんだぁ。それってえ超不思議ちゃんじゃなあい?」


身振り手振りで話す。


「私ってえ、もしかしたらあ、そもそも人間じゃないのかなあって思っちゃったんだあ。他のギャルの子も~、あんな時計の人形に恋するなんてえ、変だって言うのー」


「この世に普通の人なんていない。みんなそう思い込んで生きてるだけだ。気にするな」


きいろは目も合わせず、そう答えた。


まさかの肯定に、茜は叫びたいのを抑えて足をバタバタさせる。


「ねえねえ!歩行者天国!明後日からくり時計、一緒に観に行くでしょ~?私、あなたと一緒に見たいからあ、その時はおぶってくれない?きっとロナウドがいたらあ、温度はこんな感じなんだあって感じたいのっ!」


キャッキャしていると、


ガタッ!


きいろが突然立ち上がる。


怒らせたかと思ったが、彼は窓へ向かった。


黒いカーテンを開けると、そこには星空と満月。


まるでこの窓を狙って覗き込んでいるような、異様に丸い月。


きいろは静かに見つめる。


「君野くん、ルネっちにまた起こされてなきゃいいなあ」


「…ふん」


カーテンを閉める。


月は消え、作業に戻る。


一方…


「堀田くん。狭くない?」


「いや、こうやってくっついていれば狭くない」


同じ月の夜。

堀田は君野のベッドに潜り込んでいた。


大事に、背後から抱きしめる。


「僕達って恋人?」


「ああ」


「そうなんだ…」


反応が薄い。

それがわかってしまう自分も、もう深いところまで来ている。


「…いいんだ。嫌なら。ここから出る」


「ううん。堀田くんは嫌じゃない?僕をきいろくんの義務感で守ってない?」


「まさか!俺だって、今お前がどっちが好きか聞くの怖いくらいだ」


「なに?最後の方聞こえなかった」


「…なんでもない」


手に力が入る。


なんでこんなに近いのに遠いんだ。


その時、君野がぽつりと言う。


「満月になるとどうなっちゃうんだろうね…。僕、夢遊病になってるなんて自覚ない。でも最近、寝不足で…」


「大丈夫。全部俺が支える。今は寝ろ」


「うん…」


寝息が安定する。


「なあ…こっち向いてくれるか?」


軽く触れると、

君野は自然に体を向け、胸に収まる。


たんぽぽのペルシャ絨毯だ…!!

柔らかい匂いと体温が、脳を焼く。


気づけば額にキスしていた。


もういい。このままでいい。


堀田は目を開いたまま、夜を耐える。

カーテンの隙間から覗く満月を遮りながら、


君野の背中を、静かにトントンとあやし続けた。


眠くなる。

まどろみの中で、君野は“誰に守られているのか”だけが、少しずつ曖昧になっていた。

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