第40話「∞」

あの文化祭以来、美術室にいかなくても、君野は鏡、窓がある場所に目のない天使がいると言い出し始めた。


爺さんの絵を窓辺で見つけ、キスすればもうそれで俺と白黒の記憶はない。


最悪なのは、君野にどれだけ伝えても、爺さんを悪い人だと認識しないこと。


…いや、できないのかもしれない。

爺さんの描いた物語は、まさに“毒”のように浸透していくのを感じた。



10月


すっかり秋も深まったこの頃…


休日、堀田は君野と買い物から帰り、一緒に彼の家に向かっていた。

朝に新型のゲーム機を買いに行く約束をしていたという話を玄関先ですると、君野は秒で食いついた。


同じ服装でペアルックだなという話をしたのにもかかわらず、君野は手元の大きな袋に夢中で、そんなことには全く興味がない。


またリセットされたことに、静かに悔しさが込み上げた。


「…なあ君野。これ知ってるか?」


話題をそらすように堀田が差し出したのは

行列で待っていた時に撮影した店の窓のポスターのスクショだった。


「なにこれ?」


「もうすぐ学校近くの商店街で、大規模な歩行者天国のお祭りがあるんだ。その時にさ、撤去されるからくり時計の全部のからくりを見れるってイベント」


「ええ~!そうなの!行きたい!」


「だろ?だから一緒に行こうな」


「うん!行く!」


…もう何回その話をしただろうか。


「君野くんが好きな焼きそばもあるかなあ?屋台の食べ比べしよ~」


少し後ろをついてくるギャル茜が、口元に両手を置いてキャッキャと子どもみたいにスキップして見せる。


君野はその姿を認識できるようになり、彼女に振り返り笑いかけた。


「時任さんは霊体なのに食べられるの?」


「やだ!文化祭のとき一緒に焼きそば食べたでしょお?」


「そうだったっけ?でも、食べられるなら同じ気持ちで楽しめるね!」



ゲーム袋を抱え、3人は君野家の彼の部屋にたどり着いた。


堀田は背負っていた黒いリュックに入れていた茜人形を取り出し、

ベッドの縁に座らせる。


彼女が髪の乱れを直してほしいという言葉に手ぐしで対応した。

一方、ゲームを子どものように無邪気に開封する君野。


「じゃじゃーん!!」


まるで、優勝でもしたかのようにゲーム機を掲げた。


このゲーム機の会社は、新しいハードが出るたびに毎回人々が行列を作り、テレビもお祭り騒ぎになる。


ギャルと君野とで朝から3時間並んでようやく買えたものだった。

その笑顔を見て、並んだ苦労が報われた気がした。


肩の力が抜けていく。


「じゃーん!!!みて堀田くん!!かっこいい!!」


「おお!いいな!」


「やったやった!!ほんと苦労した甲斐があった!もうずっと一緒だよ~!」


そう言いながら新品の本体にチュッチュして足をばたつかせている。

その姿だけでも、内臓を焼くような嫉妬が湧き上がる。


正直、新型のゲーム機なんかどうでもいい。


「君野~」


あまりにも目をキラキラさせる様子に、気づいたら彼を後ろから抱きしめていた。

彼のお腹に手を回し、首辺りに頭をペタッとくっつける。


「ねーね!堀田くんこれすごくない?」


「別にすごくねえ」


なんだよ。


俺は生身の人間。

生きてるんだぞ!大事にしてくれよ。



「ね!ね!みてみて!色変わったんだよ!!前はもっとおもちゃ感あったけど!ねえ一緒にゲームやろ!!」


すると君野の真後ろにいる堀田が、彼の肩に頭を乗せて呟いた。


「俺が勝ったらお前にキスしていいよな」


「え?キス?それって…どういう意味で?」


「嫌か?」


「嫌じゃないけど…」


「…ほら、その方がゲーム性が増して本気でゲームしたくなるだろ。もちろん、罰ゲームじゃなくてご褒美だからな」


「堀田くん顔真っ赤だね」


「言うな」


ああ~!俺も一発で君野の気を引けるような色気ムンムンの男になれたらな…!!!



「きゃはは!ドンマイ!」


茜が堀田の心を見透かし、他人事のように笑った。


その後、2人は人気キャラたちのカーレーシングを楽しんだ。


そのゲームでは8の字のコースを3周するというもので、いろいろなアイテムを使って相手の走行を妨害したりして楽しむ。



「なんでイカ投げるの!俺は優しいから投げないって言ったじゃん!」


君野が本気でむくれ、足をバタバタとさせ抗議する。


「仕方ねえだろ」


どうしても勝ってキスしたいんだよ!


そんな思いで、ゴールまで一度も手加減せずに勝利する。

大人げないやり方に君野は頬を膨らませた。


「ずるい!僕…」


堀田は問答無用で、文句を言いかける彼の唇にキスをした。


「はっっっっ……!!!!」


ギャルの興奮を押し殺した声が聞こえたが無視した。


そのキスに驚いた天使は、文句を言うのをやめて、顔を真赤にして押し黙る。

堀田は静かにつばを飲み込み、きいろが乗り移ったかのように、目で平静を装った。


「…次、どのコースやる」


刻みつけたい。

白黒にだって、負けたくない。


「わかったよ…」


「ん?」


「僕もキスをかけて堀田くんと本気でバトルする!手加減していたけど、もう本気で怒っても知らないから!」


「あのな…」


いや、それは俺にとっては巨大なターボだぞ。

と、心で突っ込んだ。


「あ、間違っちゃった。同じステージにしちゃった」


「いい。またこのコースで。ハンデ与えてやろか?」


「きいい!そんなに下手じゃないよ!…じゃあ10秒数えたら出発して」


君野のどうしても勝ちたいという気持ちが堀田の母性をくすぐる。


本当子供だな。


可愛すぎかよ。


レースが始まり、2人はまたキャラクターを操作していた時だった。


1周を終えて、堀田は6位、君野は1位を独走している最中だった。


「あれ?」


自分のキャラの画面をみていた堀田だったが、何故か君野が操作するキャラクターが自分の真横を通り過ぎた。


逆走したのだ。最下位を映す画面に、堀田は震えた。


「君野…?」


君野は無我夢中で画面を見続け、ただコントローラを操作している。


身震いがする。

横顔を見ることすらできず、目だけが動いた。


「君野!!!」


その瞬間、堀田は持っていた、新しく買ったコントローラを床に投げ、ベッドに座る君野を襲うように横に倒した。


「もういい!やめてくれ!どこにも連れて行くな!!」


「痛いよ堀田くん…そんな妨害の仕方はひどいよ…」


倒れた君野に抱きついた堀田だったが、当の本人は通常通り。


あれ?と、その様子に目を丸くする。


「お前、なんで逆走してたんだ?」


「近道いけたなと思ってやってみたかっただけだよ…」


「そ、そうなのか?すまん!ゲームやりすぎてお前がおかしくなったのかと」


「心配しすぎだよ。じゃあちょっと休憩する?お菓子食べたい」


「そうだな…そうしよう」


俺が過剰すぎたのかもしれない。


君野はコンビニで買ったお菓子が当たりだったようで、もう怒ってはいないようだった。


「トイレ借りるぞ」


「うん!いってらっしゃい」


笑顔で手を振ってくれた。


君野家の1階のトイレへ移動し、用を済ませて手を洗っていた時だった。



‐君野くん!!だめだよ!!‐


ギャル茜の絶叫が聞こえた。


「なんだ!?」


何事か?と、急いで2階へ戻る。


彼の部屋のドアを開け、その光景が目に入った。


「君野!!!」


ベッドにのぼり、白い壁に何かを書いている君野。


机の上にあったボールペンを獲物を狙う時の槍のように持って、グリグリと落書きをしていた。


その異常な光景に、全身に鳥肌がブワッと立つ。

震える重い足を動かし、君野を後ろから羽交い締めにした。


「なにしてんだ…!やめろ!」


「離して!!!」


君野が抵抗する。


剥がした彼の前にあった文字は「∞」だった。


「なんで…?」


さっきレースをしたコースと同じ形…


それに再びゾワッと内臓まで鳥肌がたつ。


「なんで…」


君野は動けなくなった堀田をよそに、人差し指を舌で濡らし、「∞」の交差した部分を無理やり消す。


「やめろ!!」


堀田は君野の腕からボールペンを剥がし、そのままベッドに押し倒すように自分の身体で包みこんだ。


あれのせいだ。


「もうやめてくれ…俺から君野を奪わないでくれ…」


「堀田くん苦しい、離れて…」


「嫌だ!!どこにも行かないって言わない限り俺はお前を離さない…!!」


君野は困った顔をする。


彼はもう正気に戻っているのか、それとも…


空気が張り詰めた。


すると、茜が「きゃ~!」と絶叫を上げる。


それに何事か?と二人が振り返った。


「じゃあ次は茜ちゃん杯するよ~!ゲームに勝ったらあ、堀田くんの家にいる地縛霊のアイちゃんがいつも大事にしているものを3つ紹介してあげるう」


「地縛霊!?アイちゃん?なんだよそれ!」


その言葉に堀田が聞き捨てならないと顔を上げる。


「私も一応幽体だからあ~、そういうお友達もいるんだよ~アイちゃんは80歳のおばあちゃんなのお」


「おばけ!?悪霊!?」


堀田のひっくり返った声に彼女はクスクスと笑う。


「悪霊じゃないよお。生霊!じゃあ罰ゲームをかけて続きやろー!」


2人は彼女のあっけらかんに明るい様子にのまれ、どこかぎこちないまま、ゲームは再開された。



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