第32話「午後6時のカラクリ時計」

午後6時前、彼らは駅前のからくり時計の前に立っていた。


寒空の下、もうあたりは真っ暗だ。

学生の波はとうに消えて、たくさんの会社員が駅の光に吸い込まれていく。


からくり時計は中の照明と外からの光に当てられて幻想的。

ギャルは堀田と君野の間に立った。


そして神に祈るように、両手を組んでロナウドの姿を待っていた。


「淋しいね。もう、これが見られなくなっちゃうなんて…」


「…ああ」


堀田はなんて答えたらいいかわからない。


あの爺さんの作品だ。

こうやって夢中になっている今も、この時計が街を支配しているようにも感じてしまう。


この時計は爺さんが全部1から作って、15年の歳月をかけたらしい。


中の装置も、人形も…

何のために、こんなものを作ったんだ。


「58分になった」


時を刻む瞬間はいつもと変わらないはず。針が頂点を登るにつれ、緊張感でいっぱいになった。


静かにその時を待っている間、堀田は色々な思いに駆られた。



すると、ゴーンゴーン…と鐘がなる。


「きたきた…!」


堀田は勢いで君野の肩に手を回していた。しかし、残念ながら彼は、こちらには目もくれず目の前の時計に夢中。


「ロナウドーー!!」


茜が絶叫し、その場でぴょんぴょんする。


広がった時計盤から出てきたのは周囲に囲まれた妖精たち。カクカクと動き、奥から人形がせり出してくる。


コンベアのような出っ張りが出てくると、地面のスライドから光沢のある2体の人形が出てくる。


彼女が言うロナウドとは白黒っぽい黒髪が肩まである白装束の人形だ。

ただそれくらいしか本当にわからない。


白黒と言えば似ているような気もする…


堀田はある程度展開を見ると、隣の君野に目をうつす。

きらきらの瞳に反射するのは、あのからくり時計だけ。


連れて行かれる――

戻ってこない。



そんな不安が波のように押し寄せた。


「君野…もう見るな…」


肩を掴む。それでも、動かない。

見上げる人間が、増えていく。


みんな、吸い込まれていく。


「行くな!!」


その視界を塞いだのは、堀田のキスだった。


唇が離れたのは、からくり時計の扉が閉まる頃。時計の魔法が解けた君野は唇をぎゅっと噛んだ。


「堀田くん…」


「…もう、帰ろう。な」


「…うん」


君野の手を引くと、6回、ゴーンゴーンと鐘が鳴る。



……見られている。


駅一体を支配していくように鐘の余韻が鳴り響く中

堀田は君野の手を強く握り、彼を自宅に送るまではずっと手を繋ぎ続けていた。




翌日


堀田は早朝から傘を差し、君野の家に向かっていた。

曇天で、嫌な天気だった。


今日から衣替え。冬服の深緑のブレザーを羽織っていた。


「ぶわっ!」


その道中、足元の小石でバランスを崩す。

一瞬雨ざらしになり、天からの冷たいシャワーを浴びてしまった。


「うわっ…最悪」


せっかく出したばかりのブレザーがびちゃびちゃだ。

堀田はため息をつくと、ポケットに入れていた大切なものを取り出す。


「君野のパ…いや、ハンカチ」


赤とグレーの上品な色合い。彼の家のベランダでよく干されているアレだ。

もうこれを俺に渡したことすら、覚えていない。


「幻のパンツ…ってやめろって」


自分の思考の下衆さに反吐が出そうだ。


彼の家の玄関で辛抱強く待っていると、玄関のドアがようやく開く。

ゴミ袋を片手にふらふらと出てくる君野がいた。


「はっ…!!!」


堀田が思わず心が打ち抜かれたように声を出す。

君野は深緑のブレザーの中に明るいクリーム色のカーディガンを着ていた。


色も相まって天使感が増している…!


「シュークリームの妖精かよ…」


君野は高い変な声に、傘を少し上に上げる。

門を開けようとした手が止まり、ジッと堀田を見ていた。


「おはようございます…」


「よう。おはよう。学校行くぞ」


堀田は君野の持つゴミ袋を勝手にもらい、門から引き上げ

近くのゴミ捨て場にさっさと持っていく。


その手慣れた様子に、君野は立ち尽くしていた。


「俺はお前の恋人だ!」


「え?僕の恋人?」


「…携帯の非表示フォルダ見てみ」


今やギャルのおかげで、彼の母を介さなくても

あのにゃんにゃん写真を2人で照らし合わせると、驚いた顔をして笑ってくれる。


「……そうなんだ」


「ああ。嫌か?」


「ううん。僕、学校で親しい人いたっけって思ってたところだったから」


「昔の事故でど忘れしがちなんだ!お前はドジっ子だからな!」


努めて明るく、濡れた手を制服で適当に拭いて君野の髪を撫でる。


“いつも通り”が一番いい。


堀田は雨で濡れた門に触れ、手が濡れた君野に例のハンカチを渡す。


「ありがとう。堀田くんって気が効くんだね」


「ああ。これお前が昨日くれたやつ。大事に使ってんだよ」


「え?そうなの?なんかの記念日?」


「いや、そうじゃないけど。その、なんか、感謝みたいにくれたんだ」


「えー!僕堀田くんの事、相当好きなんだね!」


「そうなのか?」


「だって、なけなしのお小遣いだもん。でも、なんでこの色合いにしたんだろ?」


「さ、さあな…」


傘からの雨粒で濡れた額。

…いいのか?お前のおきにのパンツ色だぞ?


また、変な楽しみ方が増えてしまう。


堀田は自分の無意識の変態性に気付けないまま、

君野と灰色の雨空の下を歩いて学校に向かった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る