第34話「パンツの念」
「面白い考えだな…そんな絵本でも描いたらどうだ」
きいろは堀田の仮説に、鼻で笑った。堀田はムッとしてこう答えた。
「なら、試してみるか?あの絵を捨ててみて、戻って来るかどうか」
「捨ててもムダだ。俺がこの絵を学校に持ってきて、ようやく落ち着いたからな」
「じゃあ、俺の言うことが間違いだなんて言えないだろ!」
「だが、お前には関係ない…もう関わるな」
彼は捨て台詞を吐いていなくなってしまった。
「くうううう!関係ないって…!!」
今さらじゃねえか、そんなの…!!
俺が部外者なら、なんでギャルの霊がくっついてくるんだ…!!
「…はあ…」
もう何に怒ったってしょうがない。
今起きてること、全部おかしい。
「こうやって、日常って侵食されていくんだな…」
怖いくらい、それらが普通の出来事になろうとしているのが恐ろしい。
じゃあ、君野が奪われたら、誰も知らないなんて答えたら…
それが一番、怖かった。
「あっ!やべ!」
堀田はふと壁時計を見上げる。
あと5分か…!
そしてようやく君野を長く放置してきたことを思い出し、教室に戻った。
「君野!!!」
堀田が慌てて教室に戻ると、君野は食事を終えていた。
頬を膨らませているかと思いきや、彼はニコニコと笑っている。
「おかえり堀田くん」
「あ、ああ…ただいま。さみしくなかったか?」
「うん。さみしくなかったよ。堀田くんってすごいね」
「え?」
「時任さんの声がして、この人形がさっき動いてたの。なんで動いてるの?って聞いたら、堀田くんが僕のパンツの色が知りた過ぎてその念で動いてるんだって」
「はあ!?」
どんな念だよ…!!
「仕組みはよくわからないけど、前に試着した骨伝導イヤホンみたいに声が聞こえたんだ。これ、どんな仕組みなの?」
堀田の顔は一瞬で真っ青になる。
あのギャル、また余計なことを!
目の前でピースサインをして笑っている時任茜。
席をどいた彼女は、まるで執事みたいに椅子にどうぞ!と手を広げる。
堀田が着席すると、君野は言葉を続けた。
「堀田くん、僕が同じパンツをよく履いているの知ってるんだね」
「はい?」
「ギャルの時任さんが、僕が何履いているか教えてあげてるって言ってた」
君野がそう恥じらいの顔を見せる。待て待て!それはギャルの嘘…!
「ちがっ…」
…待て。
嫌がってないだと?
むしろ、いいのか?
「そんな事言われて、お前は嫌じゃないのか?」
「嫌…ではないよ。じゃあ、堀田くんは僕のパンツの色、知れて嬉しい?」
何だこの会話…
「まあ、嫌じゃないんじゃないか」
「そっか。よかった」
君野の謎の機嫌の良さに、堀田の心が揺れる。
お前はそれでいいのか?
ギャル茜は俺達の机の真ん中でコチラを眺めてニタニタしている。
堀田は静かに、右手をぎりぎりと拳を作った。
下校時間になり、堀田は君野の腕を引っ張ってそそくさと学校を出た。
もうあの時任茜がいないのなら、放課後に長居する必要もない。
「なあ、君野、また学校に突然行きたくなったら、俺に教えてくれ。行くなら俺も一緒についていく!」
「そうなの?堀田くんも目のない天使に用事があるの?」
「違う。俺がその絵に嫉妬してるから。本当は、その絵に会いに行くのもやめてほしいし…」
堀田は顔を真っ赤にして、言葉を伝える。
…頭ごなしに行くなと言えない。
ここで下手に止めたら、また記憶を消される。そして、俺への嫌な記憶だけが蓄積されていくだけ。
「なあ、俺の言ってることわかってくれるか?」
「それってやっぱり、…好きなの?」
「ああ、好きじゃなきゃこんな事いわねえ!」
「堀田くん~私もロナウドに会いたい~」
すると、茜が口をとがらせて彼の肩を叩く。
「6時にロナウドが時計から出てくるの!だからあ、3時間君野くんとデートしてよ!時間来たらあ、教えてあげるう」
眉をひそめていた堀田だが、時間が許す限り
君野と一緒にいる理由がほしかった。
「もしかして、時任さんの声が聞こえるの?」
「ああ。参ったな…。6時のからくり時計の中が見たいってさ。その間に時間つぶしてくれって…」
「あ!僕、ちょうど用事あるからいい?」
「どこにいくんだ?」
「駅なか!そこにあるかなって」
「ん?なにが?」
「堀田くんが好きそうなもの!」
君野は無邪気に笑い、堀田の腕を引っ張ってその商業施設に向かう。
少し後ろをついてくるギャルをみると、なにやらクスクスと笑っている。
なんだなんだ…2人でまたなにか作戦を立ててるってことか?
勘づいている心を隠し、君野の行きたい方向に腕を任せた。
君野は日用雑貨の店を中心に回っていた。
どうやら、探しているのはハンカチらしく、さっきからそれらを手にとっては色味を気にしている。
「母親の誕生日か?」
「ううん」
詳しく答えてはくれない。
「堀田くん!これかわいい~へそピ買ってえ~」
茜が賑やかな雑貨店から、安いへそピを堀田に手渡す。
「お願いお願いお願い~!!」
「わかりましたよ…」
駄々をこねる彼女の声は脳に悪い。
高い声で喚いてほしくないという思いでそれを購入することにした。
「やーん!ありがとう!!優しい~!!!」
しかし、どっちにしろ耳が痛くなる運命には変わりないようだ。
次にやってきたのは婦人服や靴下、ハンカチなどが売っているエリア。
「あった!!」
すると、君野は少々値段の高いハンカチを選んだ。
「目的のものがあってよかったな」
「うん!…それ、包んでください」
会計時、君野は店員にそうお願いした。
レジから離れると、君野は背中を向ける堀田の肩をトントンと叩く。
「堀田くん」
「なんだ?」
「これ。あげる」
「え?俺に?」
「堀田くん僕のパンツの色、気になるって言ったでしょ?だから、これ…お気に入りのパンツと同じ色だから」
「ほ!!?」
え?は?どういうつもり!??
一瞬破廉恥な言葉が浮かんだが、目の前の君野はネクタイでも渡したかのように平静だった。
本人にそのつもりがないのが、一番きつい。
「でもなんでだ…?」
「堀田くんとの猫カチューシャの写真みて、僕もなにか痕跡を残しておきたいなって思ったんだ。僕のお気に入りのパンツの色を使ってたら、すぐに大事な人だって思い出せるかなって、時任さんと話してたんだ」
「それって…」
パンツと思って使って良いのかよ…!
「いらなかった?」
「いやいやいや!!ありがとな!!明日から使う!」
「よかったあ」
君野が朗らかに笑った。
…俺が変態すぎなのか?
だって、君野の顔を見てコレで汗を拭くんだろ?
口につけてもみるんだろ?
鼻で嗅いだりもするだろ?
いやいや!馬鹿か!
コレはただのハンカチ!
不審者みたいな考えやめろ!堀田!!
気を取り直し、茜が言っていた時間まで、暇つぶしをする。
「お礼になんかカフェで奢るから。6時を待とうぜ」
「いいの?嬉しいっ!僕今アイスの乗ったカフェオレが飲みたい」
「おう。お前の好きなさくらんぼ付きのフロートがある店な」
「うん!行こう!」
目のない天使の介入ができないようなほど、堀田は君野の肩を組む。
負けたくない…絵にも白黒にも…
堀田は少しでも君野の記憶に残ろうと
飲み慣れない甘いコーヒーフロートを頼んだ。
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