第30話「子守りのギャルと」

堀田はきいろの席からささっと戻ると、慎ましく自分の席に座り、その後落ち着かず、貧乏ゆすりをしていた。


足元を見られるような手紙を出してしまった。

もうこれで、後戻りはできない。


そしてさっきから、君野も全然戻ってこない。


「遅い…どこにいった?」


そんな二重の不安に、教室を出ようとした時だった。


「おう、おはよう」


バレーの部活をしている藤井が戻ってきて声をかけてきた。

地区大会を勝ち上がり、秋の大会に向けて夏休みからずっと部活をしているという。


「あれ堀田、君野は?」


「ああ、どっか行ったまま帰ってこないんだよ」


「美術部じゃないか?」


「え?部?」


「いや、君野、美術部に体験入部していたのかと思ってさ。熱心に夏休みも、昨日の始業式もわざわざ来ていたらしいな」


「は!?昨日!?」


「あ、知らなかったのか?昨日の夕方、君野が私服のまま走って美術室に向かってたんだ。てっきり絵の具を盛大にこぼしたのかと思ってさ」


「…」


堀田は絶句した。

じゃあ、その時記憶が消えてしまったのか?


「一人だったのか?白黒きいろとか、2年の時任茜とかいたか?」


「白黒はいなかったけど…ん?ときとう?」


「元ギャルのだよ!突然絵を描き出して、ほら、学校の七不思議!」


「なんだ?怖い話か?夏はもう終わりだぞ。そんな作り話されても怖がらないって」


藤井はそう穏やかに微笑んだ。しかし、本当に時任茜を知らないというスタンスに、それ以上疑う余地はなかった。


「じゃあな」


藤井はそのまま、後ろからやってきたバレー友達に連れて行かれる。

それにも答えられぬまま、堀田は固まった。


「マジの幽霊…だったのか?」


「堀田くん~私、幽霊すぎ~」


ギャル茜は長い爪をお手入れしながら、呑気に答えた。



堀田はその後、元カノの美咲や何人かに時任茜を聞いて回ったが、誰も知っている人はいなかった。


「なんで…誰も知らないんだ…」


何かが変わった…

悪い意味で、そう感じた。


数分後、ホームルームが始まるギリギリに教室戻ってきた君野に

堀田は早速伝えた。


「君野。お前、昨日始業式が終わってからまた学校に向かったのか?しかも私服で」


「うん。先生に怒られたのは覚えてる」


「美術室にいったのか?誰かに会ってたのか?」


「うん。会ってたよ」


「誰と?」


「目のない天使と」


「!」


背中に冷たいものが走った。


「会っていたって、あれは絵だぞ?それで、なにしてた?」


「会いに来たって言葉がしっくりくるというか…それで、キスしたくなって絵にキスした」


「時任茜を、覚えてるか…?」


「うん。…きいろくんという人も、彼女を覚えてた」


「そうか。けど、他の人も彼女を覚えてないみたいだ」


「じゃあ…幽霊だったのかな?」


君野が不安そうに答える。


だが、彼女が消えて淋しいなんて思ってほしくない。

震える手を隠し、堀田は君野の髪を撫でた。




4時間目


教室


「あ!!」


堀田は席のすぐ後ろのゴミ箱を見て絶句した。誰かの飲んだ紙パックの下に、あの手紙らしきものが捨てられていた。


ベチョベチョになった手紙。開くとやっぱり、あの白黒への手紙だった。

どういうことだ?拒否ってことか!?


「腹立つ…!」


こんな事している場合じゃない!!


そう思いつつも、この仕打ちには怒りが込み上げてくる。

だが、読み終えたから捨てた…は、都合よすぎるか?



「堀田くん…」


「ん?」


ゴミ箱の前にいる君野がもじもじとしている。


「今日…お昼一緒に食べてくれる?」


「当たり前だろ!食べるに決まってる!」


「よかった!僕そういや友達いなかったなって不安になって…」


「友達じゃない!」


「あ、恋人だったね」


「俺の成分が足りないってか!」


「わっ!」


堀田は手紙を捨てられ、謎のテンションのまま、君野をぎゅっと抱きしめる。


…屈辱的すぎる。しかし美術室に行かなければ、何も始まらない。

君野はどうする?ここにおいていく?一人で大丈夫か?


「大丈夫!私がいるう~」


ギャル茜が可愛らしい仕草で堀田に手を振る。

いつの間にか堀田の席に幽体の彼女が座っていた。


「ねえねえ、私があやしてあげるからさあ。行ってきなよお~」


俺の考えが読めてるのか?


「うん。わかってるよお。だからあ行ってきなよ。大丈夫!いい作戦あるからあ!」


「作戦…?」


「さくせん?」


堀田の呟きに君野も小首をかしげる。

しまった!つい声が…


わかった!行く!君野は任せた…!

そう念じると、茜は頭に両手を乗せておどけたポーズを取った。


「君野、ちょっと言ってくるから先にご飯食べててくれ」


「え?一緒に食べないの?」


「ごめんな。すぐ戻って来るからさ。だから遠慮なく先に食べてくれ」


「…」


君野が、寂しそうに堀田を見上げる。


ああ、ごめん…!

そんな悲しげな顔をしないでくれ…!


「…すぐ戻って来る!」


後ろ髪を引かれる思いで、堀田は教室の後ろ出口に向かった。


ドアの方を見ると、白黒は自分の席で他の仲間と一緒に過ごしていた。

堀田はさり気なく、その背中に人差し指で2回ツンツンと合図を送ったが無反応。


しかし、構わず美術室に向かうことにした。



美術室には幸い、誰もいなかった。

ここでいつも、昼時にもあの不気味な時任茜が絵を描いていた。


堀田は待っている間、キャンバスが保管されている奥の棚のエリアに移動し、目のない天使を探す。


「あった…」


保管棚にはまだある、一枚だけ全くテイストの違う本格的な絵。


足が震える。

正直、この美術室に来るだけでも怖くて仕方がない。


「燃やす?壊す…?捨てる?」


どこか遠くに持ち去って、土に埋めてみようか。

知らない廃墟で燃やしてしまおうか。


何をして無駄だと思うのは、この絵が山小屋の火事でも焼失しなかった呪いの絵だから。


この絵に付きまとわれて呪い殺されるのではと、さらに足が震えた。


ガラ!


「ひっ!!」


出入り口のドアが勢いよく開く。堀田が振り返ると、そこには白黒きいろがいた。


まさか本当に来てくれるとは…!そんな感動を押し殺し、大きく咳払いした。


「お…おう。来たんだな。手紙、ゴミ箱に捨てたくせに、それでも来るなんてよ」


「見たかったんだよ」


「は?」


「手紙を捨てられた上でどんな顔してここにいるのか…その馬鹿面を見に来たって言ってんだ」


「なんだと!?」


早速出鼻をくじかれる。しかしもう争っている場合ではない。    

          

「…率直に言う。山小屋で何があったか教えてくれ!!」


「お前がそれを知って何になる」  


「あの絵に触れてから全部おかしくなったんだよ!俺もお前も関係なく、君野から勝手に消えるフェーズに入ってる!」


「へえ」


「あの絵に触れてから全部狂った!もうキスの話じゃない!」


「それで何が知りたい」


「お前の過去!あの爺さんが未練なく、また天国に戻ってもらう方法を考えようって言ってるんだよ!」


「全部伝えたとおりだ。お前に出来ることはない」


「本当に、なにもないのか!?爺さんの本音とか、なんかさ…!」


すると白黒は、ピエロのように笑う顔を戻し、一瞬真顔になった。


「…あの時も俺はいつも通り火おこしをしていた。だが、気がついたら、何もかも燃えていた」


「なんだと!?それは、つまり、どういうことだ…?」


「さあな。だが俺が爺さんに今さらなにか思うこともない」


「…」


なんと答えればいいかわからない。

だが、前に君野は言っていた。爺さんは、火の手があっても逃げなかったと…


堀田の動揺する顔に、きいろは気だるそうに答える。


「俺が、燃やしたのかもな」


「!」


「……それでもいい」


「違う…なら爺さんは逃げていたはずだろ!この絵だって残っていた。まるで今の君野の行動は、その頃から計画に入っていたと思わないか?」


堀田の言葉に、きいろはようやく色の入った黒目を堀田に向けた。





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