第8話「意図せぬ束縛」

 次の日


 朝、堀田は迎えに行った君野の様子がおかしいことに気づいた。


 玄関先で、こちらを不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「あの…どちら様でしょうか」


 君野はまるで俺が、家を間違えたのでは?と言うように警戒心をみせた。


 その瞬間、昨日のキスも、電車の甘えん坊も俺の元から弾け飛ぶ。


 だが…リカバリーも慣れっこ。

すぐに、俺をまた好きになる。


 堀田は一度息を止めてから、ゆっくり吐いた。


「……怖がらせて悪い。君野。俺はお前の側にいる人間だ」


 恋人とは早々に言わない。怖がらせないように慎重に…いつものルーティン。


 だが、なぜ俺の記憶が一瞬続いたのか?その脳内議論が白熱していた。


 その議題には「あの男」の話も。


 というか、嫌なほどアイツしかいない。



「あ、堀田くんおはよう!いってらっしゃ~い!」


 彼の母親が俺達を笑顔で送り届けた。君野はまた、すっかり俺を信用した。


「君野、俺達友達じゃないんだ。本当は、恋人同士」


「あ、そうなの?僕、恋人いたの知らなかった」


「俺が怖いか?」


「ううん。いてくれてよかった」


 まさかその頭では、俺が存在できなかった朝の数時間にも、あの男の顔を浮かべていたのか?


 …落ち着け…!!!


 しかし、口から出てきた言葉は、自分でも震えるほどの焦りだった。


「俺以外に好きな人いないよな」


「うん。いないよ。今学校生活を思い出したけど、僕友達いなかったし…」


「だ、だよな…」


 だよなってなんだよ…!


 堀田は静かに自身の頬を叩く。そして記者のように矢継ぎ早に伝えた。


「白黒きいろとはどんな関係なんだ?」


「きいろくん?きいろくんはね…なんか、不思議な人なんだ」


「好きとか、ではないよな?」


「うん。好きとかそういうのじゃないよ。でも、僕にイタズラしてくるというか…いきなりキスしてくるんだよね…」


 くそおおおおおおおおお!!


「くっっっ…!」


アイツに好きという気持ちが芽生えていないことは同時に助かった。


 すると君野は首を傾げてこう伝えた。


「2番でいいってとう言う意味だと思う?」


「は?アイツ、そんな事言うのか?」


「うん…やっぱりふざけてるのかなって…」


「…」


 なんなんだあいつ…

 2番でいい?呪いのキスを知ってんのか?


「今日、一歩も俺から離れるな」


「僕、堀田くんの恋人だもんね」


 君野はまんざらでもないと言わんばかりにこちらに微笑んだ。



 俺は忘れられる一方…。本当なら、その首にベルトでも巻いて、名前でも打ち込みたいくらいだ。


 欲が溢れた瞬間、堀田は駅に着くまでに、君野の顔色を伺うのを忘れ、溜めていたものをぶつけていた。


「トイレも俺がついていく。個室に入ったら、俺が開けるまで出るな。俺は入口にいる」


「う、うん…」


「白黒に話しかけられても全部切れ。何かあったら、全部俺に寄越せ」


「……うん」


「お前は俺を好きだって言ってくれただろ。わかってくれるよな?」



 近くの公園からセミの鳴き声がけたたましく鳴り響く。


 君野はそれに返事をしたかどうか、堀田にはもうどうでもよかった。



「君野!!そこ違う!!」


「あっ…ごめん…」


 学校の下駄箱に到着すると、彼は一つ下のきいろの下駄箱を間違えて開けてしまった。


「…悪い。いきなり大声だして」


「ううん…大丈夫…」


 そして堀田に強く怒鳴られたこの事件が、君野の心に大きな影を落としていた。


 君野は一歩だけ後ろに下がった。

 落ち込んだまま朝のホームルームが始まる。


 それが終わると、君野は後ろのロッカーまで必要な参考書を取りに向かった


 その時


「あ…」


 真ん中の段にある君野のロッカー。かがんだ隣にきいろがいた。


 一瞬目があったものの、堀田の怒鳴り声を思い出した君野はすぐに顔を伏せた。




 3時間目


 君野はトイレに向かおうとしたが、堀田の姿はどこにもない。


「藤井くん、堀田くんは?」


前の方に座っている、短髪で小麦色の肌の藤井に話しかける。


 堀田の大親友で、彼の良き理解者だ。


「ああ、さっき先生に呼ばれてたな」


「まだかかりそうかな…」


「う~んどうだろうな。どうした?」


「…ううん」


 流石に、トイレに一緒について来てほしいとは言えない。


「…仕方ないもん」


 トイレから急いで教室に戻ってくると堀田は戻ってきていなかった。


 それにホッと胸をなでおろし、君野は自分の席に戻る。


その後、堀田がすぐ戻ってきて、隣の席に着席した。


「堀田くん、用事はなんだったの?」


「ああ、なんかテキトーに書いた時事の俳句が良かったからコンテストに出したいって。それだけ」


「え!すごいね!」


「別に嬉しくない。なんか、こういうところで変に能力発揮することあるよな」


「あるある!僕、ビンゴ大会で最後まで残ったことある!」


「ソレ、能力なのか?」


「でも、堀田くんにはきっと、すごい潜在能力があるんだよ!」


 君野はそう嬉嬉と答えたが、堀田の機嫌を伺い続ける自分が嫌になっていた。



 ――放課後


 君野は担当である、2階へ続く階段の掃き掃除をしようと掃除用具入れに手をかけた。


「君野!どういうことだ?」


 威勢の良い、自分の名前を呼ぶ声に一瞬ビクッとする。


 振り返ると、顔をしかめた堀田が、こちらに物を言いたげにズカズカとやってくる。


「3時間目、トイレに一人で行ったんだってな」


「え?あ…いや、あれはだって…堀田くんがいなかったから…」


「別に行くのはいい。なんで俺に報告しなかった?」


「…ごめん」


「ごめんじゃないんだよ!俺言ってるよな?報告してくれって!」


「何もなかったらから報告しなかっただけだよ」


「何もなかったって、言い切れるのか!」


「ほ、ほんとだよ…」


「…何かあったから言えないんじゃないか」


「……ごめん」


「それはわかったってことなのか?」


 もうこれ以上、怖い顔をする堀田くんの顔をみたくない。


 君野は目に涙を溜めると、堀田はまた取り憑かれたような怖い顔を慌てて戻した。


「……悪い。泣かせるつもりじゃなかった」


「ううん。僕が悪いから…」


 あああああああああ!!!

 頭がおかしくなりそうだ……!!!


 やっちゃいけないってわかってるのに!


なのに、衝動的に起こるそれが、どうしても止められない


次は何を言いだしてくる?

もう、沢山だ!


堀田は床を思いっきり蹴っ飛ばした。



 二人は気まずい雰囲気を残しながら、ほうきを持って階段の掃き掃除を行う。


 堀田は下から、君野は上からと効率よく掃除をすることに。


 君野が3階に到着し、掃き掃除を始めようとした時だった。


「!?」


 後ろから腕が回り、口を塞がれた。

 カタンカタンとほうきだけが3階から2階の階段へ落ちていく。



「君野!?」


 堀田が3階に到着する頃には、二の舞いと言わんばかりに君野は再び忽然と消えていた。


「あいつっ…!!!!」


 ヤツしかいない…!!


 堀田はすぐさま、鬼の形相で、消えた君野をほうきを武器にするように探し始めた。



 一方、君野はきいろと一緒に

 堀田が向かった反対方向の知らない教室にいる。


 3年のクラスだが、きいろはそのまま入り、外に出られないように扉を閉めた。


 君野を強引に座らせたきいろは、あぐらをかいて後ろから腕を回し、シートベルトのように君野を抱きしめる。


「どうしてこんな事するの?」


 不安な顔で、そこから抜け出そうとする君野にきいろは彼の耳元でこう答えた。


「今はここにいろ」


「そんなこと言ってる場合じゃない…戻らないと…!」


「外で何が鳴いてる」


「…セミ」


「それでいい」


「でも」


「黙ってろ」


 その言葉に、もう抵抗しても無駄だと悟った。


すると肩の力が抜けて、体が自然ときいろにもたれる。

 

 前髪を撫でる風と、忙しい蝉の鳴き声、どこかの住宅から聞こえる風鈴の音、美しいピアノの音色…


あれ、こんなに音があったんだ。

すると、君野の腰にまわる手が緩んだ。


「蚊を潰す時間と同じだ」


「ソレってどういう意味?」


「潰したらもう、どうでもいい。お前の“今の苦しさ”なんて、その程度のもの」


「…」


 君野の頬に涙が一粒こぼれる。

 背中の温かさが凍りついた心を溶かしていく。


 真後ろの3年のクラスでは、帰りの会が始まってしばらくは出られそうにない。


それでいいや。


 君野は、そのまま寄りかかった。

 ——もう、このまま離れたくなかった。






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