第2話
* * *
墜落した隕石というのが宇宙人の飛行船で、そこに搭乗していた宇宙人を政府が捕獲したんだとか。その後、地球に降り立った仲間を探しに、続々と宇宙人たちがやって来ている、らしいのだ。
あとは市の地下には数多のシェルターと、それらを結ぶ交通網があって、本格的な宇宙戦争を想定してるとか。湖に巨大ロボット兵器が眠っているとか。既に人口の五パーセントが宇宙人に置き換わっているとか。それから、災害からの復興中。野党や世論が難色を強めていたのにも関わらず、マイナンバー制度が強行されたのも、人間に紛れる宇宙人を炙り出すため、とか言われたい放題なのだ。
こういうのは、ネットで実しやかに囁かれる陰謀論だ。勿論、僕は信じていない。
宇宙人を撮影した、なんてデマ動画が日夜拡散され、地元民でも熱心にフェイク映像を作っている始末。ただ撮影しただけじゃなく、宇宙人が人間を連れ去るものもあって、気合の入ったものならCGを使って空に浮かぶ宇宙船を、安価なものならワゴン車で人を連れ去るのだ。迫真に迫り過ぎて警察が出動し、地元ニュースを騒がせたりもする。
いわゆるグーチューバーだ。迷惑とか、迷惑じゃないのとか。他にも色んなインフルエンサーにネタにされ、お陰で「誰々が居た」「どこで撮影をしてた」とか。むしろ若い地元民は宇宙人を探すみたいに有名人を探す騒ぎとなっている。
だからか、観光業の調子はいいらしい。まあ、それは町並みを見れば火を見るよりも明らかだろう。人工衛星も打ち上げてないのに、すっかり宇宙一色なのだ。至る所で見られる宇宙人のオブジェに、ブロンズ像。市営のプラネタリウム。公園にはUFOを模したドームがあって、ロケットに跨って子供が遊んでいる。
これじゃあ、宇宙人の侵略が完了してしまっているふうだ、と皮肉を思った。
別段、面白くはないけど、声にならないくらいの少しの笑いが、ニヤリと頬を吊り上げる。気付くと僕はまた自分の世界で考えている。ぼんやりと思考が回る。
そう言えば。なぜ、そんなことを思っていたのかはよく覚えていない。……そう言えば、僕はどうしていたのか。それさえも。
目を開ける――知らない天井があった。煌々とした照明。程よく固くてツルツルとした簡易的な寝台に寝かせられている。匂うのは消毒の香り、それもアルコールというわけじゃない。
なるほど。とうとう、僕もアブダクションされたのかと期待したが、冗談はさておいて、ここは病院らしかった。しかも手術室だ。
重たい頭を左へ傾けると、大小無数の金属が理路整然と並べられていた。どれを何に使うかなんて少しも分からない。一つや二つで十分だろ、とズラリと並ぶピンセットにツッコミを入れる。頭が重い。
ただぐったりと。恐らくはいつもの何倍もの時間を掛けて、僕はあれやこれやを観察し、想像に耽る。
想像する以外には何も出来なかった。手足は寝台に固定されていて、首くらいしか動かせない。その首でさえ、動かすという意識が神経を伝って筋肉を動かすのに、また想像を挟めるくらいに途方もない時間が必要だった。動かせない手足にも不安はない。それを感じることも儘ならない。
どうしてこうなったのか。
あれは、家へ帰る途中だった。雨が降っていた。
最近の夏本番みたいな五月晴れ。冬には雪が積もる
それで今日は偶々の曇りで。久しぶりに涼しい気がして上機嫌になりながら、また通学の路線を逆に上った。
モールまで行けば同じ高校の生徒は少ない。
入学したばかりで友達もいないし、我ながらモールでの暇つぶしは良いアイデアだったのだが、別にショッピングは好きじゃない。毎日買い食いするにも、毎日ゲームセンターに通うにも小遣いが足らない。足りるわけがない。けれど、一人で歩き回ってもしょうがない。ウィンドーショッピングは男子の苦手とするところだ。だから、どうしようかと悩んだ末の立ち読みだったが、これがまた気不味くて。そこへ更にもう一捻りを加えて、中古屋に行き着いた。
一昔前のラノベが安く置かれていた。今でも動画配信サービスでやっているような、現役アニメの原作が一冊百円から二百五十円くらいで買えるのだ。
勿論、中古ではある。けれども、クレーンゲームにお金を入れるよりも、ガチャガチャに入れるよりも、ちょっとの買い食いをするよりも、全然コスパがいいじゃないか。横に友達がいるならそれもありかもしれないが、僕は独りだった。――ってことで僕には読書の日課が出来た。
今日は、新書という名の中古本を買い足した。ついに僕は意を決し、ハーレム恋愛ものをレジへ通して、これからという時だった。
明るい空から信じられないほどの雨水が降って来ていた。
曇天と呼ぶにはやや白い、薄灰色の雲が空を覆う。ザーザーと振る雨はアスファルトへぶつかり、多分細かな水飛沫になって宙へ上がった。それでか、霧が立ち込めたふうに、全部が白んで見えた。
最寄駅で降りるまでの約三十分。移動したからかもしれないが、天気は最悪に変わった。あの修学旅行生たちも災難だ。そんなことを思って、僕は停めていた自転車に跨った。背中の鞄もヘルメットも、スッポリと隠せる雨合羽を着て、漕ぎ出した。
ヘルメットはしていない。高校生だから、校則で着用しろということもない。
頭から張り出した合羽のつばのところをボツボツと雨が叩いた。ハアハアと荒くなる呼吸。どこまでも続くような雨音と、身体を叩く雨音と。側頭部のところまでも覆う合羽によって。僕が初めて違和感に気付いたのは、目の前の自動車が動いてからだった。
停止線からややはみ出した、停車中の車がグイと揺れた。あれは、今思えば咄嗟にバックを入れたのだ。その時の僕は急に動き出すから何だろう、と思っただけだ。
だから顔を見上げた。信号は青だったはずだが、確認のために顔を上げた。そうしないと視野を確保できなかった。
上体を起こした勢いでフードが後ろに引っ張られた。青だ。青の信号が見えた。次に、横に赤が見えた。交差点を横断している僕の直ぐ横に、勢いよく右折してきたトラックのブレーキランプがあった。
――僕は交通事故にあったのだ。
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