ワレワレは地球人だ!

憂生

高校デビューは失敗どころか。

第1話

 二〇〇X年。何の取り柄もないことが目下取り柄であるような、別に珍しくもない地方都市のひとつ、角羽かどばね市。その繁華街へ飛来した、たった直径三メートルの隕鉄はしかし。一瞬にして三十一名の命を奪い、負傷者は三百八名。落下地点の直径二十メートルにあった全てを蒸発させるという、惨憺たる爪痕を残した。


* * *


 県庁からほど近い角羽かどばね史料館の外に千羽の鶴がかけてあったのを、ふと思い出した。

 僕は『クレーター広場』なんて不謹慎な広場で本を読んでいた。新書ではない。遅咲きのラノベ趣味というか、誰に比べて遅いのか、という、全く孤独の余暇だった。百二十円の裸の中古ラノベを、クレーター広場で広げていた。丸型にフロアが陥没した、安っぽいセットみたいな広場は、ショッピングモールの四本のストリートが交差する真ん中に設けられた、吹き抜けの休憩場だ。青々とした、一見プラスチックにも見える葉っぱの大きな植木が並んでいて、その間にベンチが並んでいる。ベンチに独りで座っていて、隣にリュックサックを置いていた。

 僕と同じふうにして座っているのはお爺さん連中だ。平日の夕方。日の落ちる前だから、モールは割合閑散としているし、いつもこんなふうだから、少々騒がしくとも僕はモールに通っていた。

 学校で、図書館で、同年代に囲まれながら落ち着いてラノベが読めるか、という話だ。

 しかし、今日は変だった。モールの、それもゲームセンターもない一階にやたらと制服姿を見かけるのだ。しかも、知らない制服だ。

 知らない制服の女子生徒たち。僕と同じで高校生だろう。流行りのリュックサックを背負って、和気藹々と歩いている。かと思えば、クレーター広場の中央へ、そうしてグレイくんの側に並び出した。

 グレイとは、簡潔に言えば宇宙人だ。UFO目撃情報や宇宙人による誘拐事件――いわゆるアブダクションの体験談に登場する、グレーの肌を持ち、大きな頭に大きな瞳を持つ、あの典型的な宇宙人だ。

 ではグレイくんとは何か。グレイくんとは、「角羽かどばねに来てクレーイ」でお馴染みの、銀色に光る怪しい肌を持つ、頭でっかちで二頭身の間抜けな角羽かどばね星人である。要するに、この角羽かどばね市のイメージキャラクター、一昔前に流行ったゆるキャラで、平たく言えば、あの隕石落下事故からの復興の証のようなものだ。このクレーター広場も、単に不謹慎なだけではないということ。今や、角羽かどばね市はその手のオカルトの聖地だった。

 あちこちに宇宙をイメージしたオブジェとか、垂れ幕とか、マンホールなんかがある。僕はあまり好きになれないが。

 ところで。不気味極まりないグレイくんオブジェの元で、わざわざ整列し、前の二人が中腰になってまで写真を撮ろうとする五人の女子生徒たちを見て、僕の頭には色んな想像が過ぎった。思わずに開いたラノベに指を挟み、もう片方の手を裏表紙に載せて考えてみる。

 地元民ならわざわざグレイくんを写真に撮る必要はない。だって、別に写すのはどこだって構わないはずだ。モールの中に入っているスターコーヒーとかイタリアンレストランとかサンドウィッチ専門店とか、少し気取ったものをアップするのがいいんだろう?

 あと、やっぱり見たことない制服だった。特徴の出にくい白ブラウスの夏服だとは言え、知らないな、とか。

 ポージングを始めたのを見て、よくそんなにウキウキ出来るな、とか考えていたら女子生徒の一人と目が合った。これは不味い。違う。僕には遠くから女子を眺める趣味なんて無い。

 そう、胸の内で弁明を唱えたのも束の間、こちらへ女子生徒が駆け出して来た。

「あのう、すみません」

 真っ直ぐに声を掛けられた。

「……はい?」

 となれば、逸らした目を恐る恐る上げる他になかった。

「なんでしょう?」

「あのう。これで撮ってくれませんか? 自撮りじゃ全員は入らなくて」

 そう言って、女子生徒はスマホを僕へ寄越した。

「ああ……。良いですよ」

 案内され、彼女たちの前に立った。カメラを向けているにも関わらず、蛇に睨まれた蛙のような気持ちで、僕は画角を調整する。オブジェも、彼女たちも。綺麗に収めたところで、そっと撮影ボタンに指を合わせた。写真なんて普段撮らないから、ただボタンを押すだけ緊張感がある。

「撮りますよ? ……はい、チーズ」

 ボタンを押す。口を突いて出た「はいチーズ」だけど、今日日使われているのだろうか。そんなことを未だに言うのは田舎だけかもしれない。そもそも、何のチーズなのか。

 まだまだ疑問は溢れていたが、女子生徒の「撮れた?」という声で、僕は現実に引き戻された。

「あ、えっと、どうかな?」

「うーん……いいね! もう一枚撮ってもらってもいい? 今度はジャンプで」

「ジャンプ?」

「そう。せーのでジャンプするから、丁度空中にいる所を撮ってよ」

「ああ、うん。分かった」

 それから三回の撮り直しを経て――。

「どうかな?」

「おお、いいね。本当ありがとう! 付き合わせてごめんね?」

「い、いや。僕は大して忙しいくもなかったし。ええっと、そうだ。修学旅行でしょ? 楽しんでね」

 僕がそう言うと、撮影役を頼んだ少女はきょとんと不思議そうな顔してから「うん。それじゃあね」と明るく笑った。

 自由時間と言うところか。修学旅行として角羽かどばねへ訪れるのはそれ程珍しいことでもない。それに合わせた他県の学校との交流会なんかもあった。まあ、それは中学の話だったが。

 角羽かどばね星人の僕らとしては、こんな辺鄙なところへ旅行に来るだなんて、あり得ない話だけど。

 ベンチへ戻り、さっと隠したラノベをリュックサックの下から出して、それを鞄にしまう。もう、こんなところでは読んでいられない。

 そうか、修学旅行か。これは盲点だった。

 丁度この辺りには慰霊碑がある。そこは何もない、緑の丘だけのある公園だ。隕石によって更地になったと言う、僕の知らない歓楽街のあった場所。その中心地。被害は言わずもがなその周りにも及んで。結果、復興として短期間に再開発が進むと、角羽かどばねの何処よりもここらは随分と都会的になったと親世代は話している。このモールや、新幹線の開通に合わせて出来た新しい駅舎なんかがその代表だ。

 新幹線を途中で降りて慰霊をしてから、また新幹線で大都市の方へ向かえる。だから角羽かどばねは修学旅行に都合がいいのだ。

 今日のところは、もう帰ろう。

 僕は広場の段差を上がり、別れた女子と反対方向から帰路についた。

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