最後の25時間、君と

ひよこ

第1話運命

彼は今どう思っているのだろうか。

最後に見た彼の瞳は、何者にも表しきれないほど美しかった。


五月雨――春から夏にかけて雨や曇りの日が続く、そんな気象現象を表す言葉だ。


母は、私のことを心配してくれているのだろうか。

不意にそう思ったけれど、その期待も浅く、すぐに消えてしまう。

そもそも、私が家に居ないことにも気づいていないだろう。


最期くらい、母の手作り料理が食べたかったと

思ってしまうのは、小さい頃に食べたオムライスが、もう一度食べたいと思うほど美味しかったからだと思う。

まぁ、どうでもいい。そんなこと。


湿った空気、冷えきったこの世界とも、今日でさよなら――


【バイバイ】


誰にでもない、自分の心の中にそう叫んだ。


真宙「なぁ、何してんの?」

千夏「え?」


突然、昔読んだ小説の言葉を思い出した――


真宙「飛び降り?」

千夏「…」


神様、もしそれが本当なら、最期くらい夢を見させてください。


真宙「死にたいの?」

千夏「…見て分からない」

真宙「まぁ、たしかに、笑」

千夏「もういい?」

真宙「まぁ、待てよ。その命、要らないんだったら俺に頂戴」

千夏「?」

真宙「一緒に駆け落ちごっこしてみない?」


彼との出会いは、そこからだった。

これは、彼と私が駆け落ちするまでのお話。



深夜25:00。

潰れた廃墟ビルの屋上。


千夏「……あんた、自分が何言ってるか分かって言ってるの?」

真宙「勿論。」


そう顔色一つ変えずに自信満々に答える彼の姿に、恐怖心すら覚える。

いっそのこと飛び降りてしまった方が安全な気がする――そう思うのは、人間関係の境界線が守れていないからだ。


千夏「馬鹿じゃないの、私とあんた初対面だよね?」

真宙「もう死ぬの考えてんのに、何でそこまで気にしなきゃなんねぇの? てか、こっち来いよ。先逝かれたら困る。」

千夏「はぁ……」


初対面で心中とか、やばい奴確定。変な奴に目を付けられたかも――そう思っていた。

けど彼は言った。

「もう死ぬのに関係ない」

納得したくないけど、納得してしまった。まぁ、どっちみち残りの人生はドブに捨てたのと同然。

何でもいいや――そう思い、私は柵をまたがった。


真宙「よし! お前、名前わ?」

千夏「千夏。」

真宙「千夏か。俺、真宙。よろしく!」

ひな「……」


そう言い、ニカっと笑みを浮かべる彼。

なぜこの人は、もう死のうとしている私にこんな元気に振る舞えるのだろうか。

不思議で仕方なかった。


真宙「単刀直入に聞くけど、何で死にたいの?」

千夏(死にたい、別に死にたいなんて思ってない。このつまらない生き地獄のような日常から

抜け出したかっただけ……それ以上でもそれ以下でもない。でも、そう言ってしまうと、何だか見透かされたように思われそう……)


千夏「興味本位……何となく、この世界に飽きただけ。」

真宙「お前、完全にお化けになるタイプだろ、こぇー笑。」


【こぇー笑】の発音が、何とも私を苛立たせる

というか、さっきから初対面の癖に馴れ馴れしすぎる。

出会って数分、ここまで失礼極まりない奴は初めてだ、聞かれ損も癪に障るので質問を返した


千夏「あんたわ……? 何で心中なんかしようとしてるの? 別に私達は家族でも友達でも恋人でもないし、ましてや初めましてなのに、どうして?」

真宙「……俺も興味本位。別に『死にたい!!』って訳じゃないけど、このつまらない人生から

逃げてみたかったのかもな〜。」


まるで雷にでも撃たれたかのよう――いや、それ以上の衝撃を受けた。

今まで誰とも波長が合わなかったのに、初めて分かり合えた気がした。

喉をぐっと絞め、感情を必死に殺しながら言った。


千夏「じゃあ、あんたもお化け確定じゃん。」

真宙「うっせ笑。てか、! あんた呼びやめろ! 真宙!!」

千夏「……真宙?」

真宙「おう!」


何となくだけど、私は真宙とまだ一緒に居たいと思ってしまった。

初めて分かり合えた、生と死。

同じ人に出会えたような気持ちになった。

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