『廃棄品同盟』の(非)日常 ②

 この日の廃棄品の回収は、フェキシーと俺、それから比較的年齢の低いメンバー(通称年少組)と一緒に行われることになった。

 『廃棄品同盟レフトオーバーズ』には十歳以下の小さな子供も多く所属している。

 というより、そういった年少組の支援こそが本来の目的である組織ようだ。


「それじゃあ、好きなパンを回収してね!」


 この日は駅近くにあるコンビニエンスストアの廃棄品をもらいに行った。

 件の無人スーパーだけでなく、こうしたスポットはこの街に何ヶ所かあるようだ。

 スーパー同様、店員には密かに話を通しているらしい。

 ゴミ袋の中身は不自然なほどに整理されていた。

 子供たちは各々好きな菓子パンを選び、リュックへと詰めていく。


「なあ」


 子供のうちの一人、気の強そうな少年が回収の様子を見守る俺に話しかけてきた。


「なんだい?」


 俺が身を屈めると、子供はパンを一つ差し出してくる。


「新入りだろ。一個やるよ」


「……ありがとう」


「気にすんな」


 少年は背伸びして俺の肩を叩いた。

 俺は可笑しさと感動の狭間で、なんとも言えない笑みを浮かべた。


「じゃあ、みんなそろそろ行くよー」


 引率の先生のようにフェキシーが合図を出し、俺たちは移動を始めた。

 俺たちは人も車通りもない街を二列になって歩いた。


「これから、支部によってから子供たちを送り届けるよ」


「支部?」


「わたしたちが集まるのはユウマの家だけじゃないんだ。万が一に備えて、隠れ家はいくつか用意してあるから」


 『モルフォナ』を意識してのことだろう。

 そう思うと、平和に見える日常でもメンバーは常に気を張っているのかもしれない。

 やがて、俺たちは一つの高層マンションの前に立ち止まった。


「ここ、クラムの家がある……」


「うん。ここの一室をMMが持ち主から預かっててね」


「……それはほんと?」


「ほんとだよ!」


 俺の疑いが顔に出たのか、フェキシーは少し怒ったように言う。


「掃除することを条件に留守を預かってるの、住む人がいないと家ってダメになるものだからね。まー、多分子供たちが集まってるとは思わないだろうけど……」


 フェキシーの声は後半に連れて小さくなったが、大体の事情は察した。

 一応、グレーゾーンには留まってくれてるようで俺は一安心した。



            ▼     ▲     ▼



 子供の一人が持ってるキーを刺して、今度は正規の手段でマンション内へと入る。

 支部のある十階に行くと、目的の部屋の前でクラムが待っていた。

 クラムはいつものようにイルカのムーちゃんを抱えて、家から持ってきたのか、ペットボトルのジュースを持っている。


「クラム〜。久しぶり」


「う、うん……ひさしぶ……」


 同年代の子供たちに駆け寄られて、クラムはおどおどしながらも笑みを浮かべた。

 鍵を開けて俺たちは支部である部屋に入った。

 子供たちはちゃんと靴を脱いで、真っ先に手を洗いに洗面所に向かった。

 部屋はクラムの家と同じような間取りだったが、家具が少なくどこかガランとしている。

 子供たちは手を洗うなりドタドタとリビングに行って、収穫したお菓子を一斉に広げ始めた。


「こら、走らないっ」


 フェキシーの言葉もこうなると誰も聞いていない。

 俺とフェキシーはソファの周りでお菓子を食べる子供たちを、少し離れた場所にある椅子に座って見守った。


「みんな、仲がいいんだな」


「うん。……実はこの子たち、みんなクラムが見つけて声を掛けたんだよ」


「え、それは……意外だな」


 クラムは大人しくお菓子を食べ、みんなの話に笑っている。

 とても、積極的に話しかけに行く性格には見えない。


「でも、どうやって。普段は家にいるんじゃないのか?」


「それはね。ムーちゃん、おいで」


 フェキシーはソファに置かれたイルカのぬいぐるみ、ムーちゃんに声を掛けた。

 すると、驚いたことにムーちゃんは起き上がり、こちらへとフワフワと飛んできた。


「えっ……」


「『ゴーストタウン』ほどの強度になれば、訓練次第では同一座標上に存在するエデンシティでも『顕幻』が使えるようになる。場合によってはムーちゃんのように二つの世界を行き来することも可能になるんだ」


「……すごいな」


 『ゴーストタウン』の外でも、能力が使えるならいよいよ魔法のような力だ。


「前提として大元となる幻想世界に相応の強度が必要だから、これまで観測されてこなかったのかもね。でも、もしかしたら、歴史上のファンタジーめいた伝承とか幽霊の目撃談とかのいくつかはこの『顕幻』の能力が由来なのかもね」


 ムーちゃんはフワフワと浮いたまま、こちらを無邪気に見つめている。

 俺はふと、あの半透明の獣のことを思い出した。

 あれはこのエデンシティから離れた俺の故郷での出来事だ。


「なあ、会った日にもアジトで話したことだけど。セレンが気絶していたとき、俺の家には化け物みたいな獣が現れた。あれは一体どういう原理なんだ?」


「それは、たぶん妹さんの体を通じて現実世界に『顕幻』したんだよ。『ゴーストタウン』にいた妹さんの精神体が、現実世界の体との『通路ポータル』の役割を果たしていた。だからあの状況で妹さんから離れられなかった。……詳しい原理はわたしも分からないけどね」


 俺は一つだけ思っていたことがある。

 あのとき、俺は半透明の獣がセレンを襲ったのかと思っていた。

 だがこれまでの話から推測すると、セレンは旅行の際にもらった『招待券』を使って『ゴーストタウン』に潜行した可能性が高い。

 そうなると、意識を失ったのと半透明の獣には相関関係が無いということになる。

 もしかしたら、あのとき半透明の獣はセレンを助けようとしてたのかもしれない。

 そう考えると、部屋に来た俺を襲ったのにも、その後の行動にも説明がつく。


「それで、話は戻るけど。ムーちゃんは優しい心を持っていて、不思議なレーダーを使って困っている人や弱っている人を探すんだ」


 ムーちゃんは嬉しそうにその場を旋回した。


「『廃棄品同盟(レフトオーバーズ)』のメンバーはムーちゃんが困っているところを見つけて、仲間になったんだよ。だから、クラムは『廃棄品同盟』の影のリーダーなんだ」


「そっか、ムーちゃんは……クラムは優しくて強かったんだ」


 俺が手のひらを出すと、ムーちゃんはその柔らかい手で優しくハイタッチしてくれた。

 そうやって話していると、クラムがこちらにやってきた。


「……どうしたの?」


 俺が話しかけると、クラムは顔を赤くして、スティック状の駄菓子をこちらに差し出した。


「……このまえは……ありがとう」


 クラムはそれだけ言うと、ムーちゃんと一緒にみんなの元に戻った。


「ふーん、モテモテじゃん」


 フェキシーはニヤりと笑う。

 俺はお前が言うのかと、少しだけ苦笑いを返した。

 そのとき、フェキシーの携帯電話に一件のメッセージ通知がきた。


「……ん、メグからだ。カイカくん個人に仕事だって」


「お。じゃあ行くか」


 俺は頭を切り替えて立ち上がる。

「配達を手伝ってほしいって。わたしの自転車、近くの公園に隠してあるから使っていいよ。配達用のバッグも近くに隠してあるから探して」


「ありがとう。行ってくる」


「うん。気を付けて」


 俺はフェキシーとハイタッチすると、子供たちに別れを告げてから部屋を出た。

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