『廃棄品同盟』の(非)日常 ③

 メグは指定した噴水の縁に腰を下ろして待っていた。


「お待たせしました」


「いーよ、わたしも今来たとこだから。少しゆっくりしなよ」


 メグは細身の体にぴったりなライダースーツを着ていて、ボトルで水分補給をしていた。


「ふいーっ、生き返るねえ」


 オバさんみたいな声を出すなあ、と思ったが口にはしない。

 俺はフェキシーから借りた自転車を停めると、少し離れた場所に座る。


「配達のバイトってしたことある?」


「はい。学生時代に一時期……」


「おー、よかった。手順は一緒だから教えるね」


 俺は勧められたアプリに登録をしながら、小さな疑問が浮かんだ。


「これ、俺が普通にバイトしてるだけじゃないですか? 『廃棄品同盟(レフトオーバーズ)』に利益を回した方がいいですよね?」


 面倒を見てもらう代わりに仕事を手伝う、という交換条件が成立してないことが心配になった。


「あ、大丈夫。このアプリ自体がMMの作ったものだから、ちゃんと利益はいくよ。この辺だと大手は配達員がいなくて使い物にならないから、シェアはほぼ独占してる」


「なるほど……」


「MMはここの地理に慣れて欲しいんだと思うよ。……おっと、早速一件注文来たし、試しに行こうか」


 メグの提案もあり、俺は一度配達に付き添うことにした。

 道路は車も人もいないうえ、整備が行き届いてるため、ごちゃついた都会を運転するよりもずっと楽に感じた。


「気持ちいいでしょ。ずっと運転してると汗だくになるのだけが残念だけど」


「確かに、この時間の日差しはさすがに強いですね」


 それでも俺は空気のいい街で、思い切り運動することに心地よさを感じていた。

 しばらくして、住宅街にあるファストフード店についた。

 地元にもあるチェーン店で、顔なじみに会ったような安心感がある。


「生き残ってる飲食店の数は片手で足りるからね。覚えるのが楽でいいよ」


 メグは店先に自転車を停めたが、人もいないため注意されることもなかった。


「……ねえ、ところでフェキシーとはいつ知り合ったの?」


 オーダーした商品を待つ間、メグが小声で俺に話しかけてきた。

 本当は聞きたくてうずうずしていたのだろう。


「普通にこの街に来てからですよ」


「それにしてはやけに親しいじゃん。実はどこかで会ってたりするんじゃないの?」


「いえ、本当に――……」


 俺はそう言いかけてから言葉を詰まらせた。

 なぜだか、その質問を受けた途端、俺は以前フェキシーに会っている気になった。

 一年半前、俺の住むスラム街で会った一人の少女を思い出す。

 その少女の肌は白く、身長はフェキシーより高く、瞳の色も、何よりも話し方から性格まで何もかもが違った。共通点があるとすれば綺麗なブロンドぐらいだ。


――どうして、わたくしを助けたりしたんですか?


――すごい……この絵って、街と一緒に生きている感じがする。


――今日は……一人で好きな絵を見に行けて……あなたに会えて本当に良かった……。


 あの時の涙を流す姿が、壁画を見て興奮する顔が、弱り切った姿が……鮮明に蘇る。

 思えば、フェキシーが俺に向ける瞳は、最初からどこか既知の友人に向けるようなものだった気もする。

 だが、仮にそうだとすれば、今のフェキシーは……。


「……あるわけないじゃないですか」


 俺は嫌な想像を強引に頭から振り払った。


「へえ……ごめんね。牽制したかったわけじゃないんだ」


 メグは釈然としない様子だったが、商品が準備できたというアナウンスを受けて会話を切り上げた。


「じゃあ、わたしはこれを届けたら上がるから、十六時とか十七時のキリのいいところまで頑張ってね」


「はい。分かりました」


「はー、肩凝るわー。早く終わらせて帰りたい」


「なんかオバさんみたいなこと言いますね」


 俺が口を滑らせたので、メグは肩を軽く小突いてから店を出た。



            ▼     ▲     ▼



 俺は店を出て、木陰で配達の仕事を待つことにした。

 その後、注文の依頼は二時間に一件という超スローペースだったこともあり、俺は新鮮な気持ちで仕事を楽しんでいた。

 十六時を過ぎ、そろそろ退勤処理をしようと思い始めた。

 すると、一件の配達依頼がアプリに表示される。

 相手のユーザーは『Guy In The Chair(椅子の男)』という名前で、アイコンにはフードを被った男のイラストが写っている。

 俺の脳裏にふと一人の少年の顔が思い浮かんだ。


「――サンキュー。早速仕事に勤しんでいて偉いね」


 表示された家に着くと、案の定、そこには『廃棄品同盟』のコフィがいた。

 部屋には大量の電子機器があり、足元はコードが張り巡らされている。


「ドラマでよく見るハッカーがいる部屋みたいだ」


「ふっ、実際そうだからね」


 コフィはハンバーガーを手に取ると、片手でキーボードをいじりながら食事を始めた。

 そういう不健康なところまで真似しなくても、とは思う。


「ここでどんな仕事をしてるんだ?」


 俺は興味本位で訊ねてみた。


「今は、ネットにハッシュタグをつけて『ゴーストタウン』の心霊写真を載せてるんだ。カイカさんも見たことあるんじゃない?」


「え? あれって『モルフォナ』のイメージ戦略とかいってなかったっけ?」


「そうだよ。ああいう画像でイメージの共有を図り、なおかつ若者を誘致するという一石二鳥の作戦。僕たちはそれを妨害してる」


 コフィは一枚の画像を液晶に最大サイズで表示した。

 それは高層ビルに怪獣の影が映っているような、特撮のような写真だった。


「……確かに見たことあるけど、どういう意図があるんだ?」


「共通のイメージに毒を混ぜて、内側から破壊するための布石ってやつだね。それから――」


 俺はいまいち意味を飲み込めなかったが、コフィは得意げに他の仕事の説明に移った。


「僕はメカニックもやってるんだ。あのショーケースを見てよ」


 コフィは部屋の隅にあるショーケースを指さした。

 ガラス張りのショーケース、中には黒いボディスーツのようなものがある。アメコミのヒーローが着てそうな伸縮性と防御力を兼ね備えていそうな見た目だ。

 この部屋に入って以来、ずっと気になってはいた。


「あれは、パワードスーツってやつさ」


「いや、それは流石に……」


 不意にそんな言葉が口を出た。少年時代に憧れて調べた知識が意図せずに顔を出した。

 コフィがどうぞ、という仕草で先を促す。


「パワードスーツって現実ではもっと大きい機械で体の負荷を減らすもんだ。薄いスーツにテクノロジーが詰め込まれてるってのは現実的じゃない」


「そうだね。実際あれはただの丈夫なライダースーツくらいのものだからね」


 コフィは意外にもあっさりとそれを認めた。


「でも、大事なのは設定なんだよ。『ゴーストタウン』においてはね」


「……どういうこと?」


「いいかい。カイカさんは昨日の潜行時にどんな『顕幻』をした? それから見た?」


 俺が『顕幻』させたのは炎、それも俺の意志でコントロールできた。

 他人の『顕幻』ではフェキシーの顔がぼやけて見える黒いマスクや大量のデコイ、それに酔っ払いが降らしたビールの雨……。


「どれも非現実的な使い方だったんじゃない?」


「そうかもしれない」


「モルフォナは携帯や無線を使ったり、液晶を使って映像を垂れ流したりしてるけど、あれだって精密機器の細部まで『顕幻』してるわけじゃない。他人と話せる〝設定〟の端末、録画した映像を映し音声を流せる〝設定〟の液晶らしき板を『顕幻』してるだけなんだよ」


「……なるほど。だからそのパワードスーツも、着れば強くなる設定を付与すれば、『ゴーストタウン』ではそれが反映されるってことなんだな」


「そういうこと。クラムのムーちゃんも苦しんでいる他人を見つけられる設定の『イルカのぬいぐるみ』が『顕幻』してるってことだね」


 俺は納得すると同時に、それでは何でも『顕幻』したもん勝ちじゃないかと思った。


「ただ、一個人の『顕幻』と創造力には限界がある。人の理性がブレーキをかけるから。特に歳をとった大人は〝それは非現実的〟だって考えが働くから、『顕幻』が失敗しやすい」


 たしかに、俺が話すイルカのぬいぐるみを『顕幻』できるかと言えばノーに思える。


「僕たちが『モルフォナ』に対してアドバンテージがあるとすればそこだけだね。あいつらはオネイロスとかの一部例外を除けば、共通の銃や電子機器しか『顕幻』できない。僕はそれを凌駕できるだけの設定の機械をなるべく正確に、でも想像力の余地は残して『顕幻』させないといけないわけだよ」


「……コフィは凄いな。いや、本当にチームに必要な『椅子の男』って感じだよ」


 俺が本心から賞賛すると、コフィは嬉しそうに歯を出して笑った。


「いひひ、そうでしょ。カイカさんも作戦に参加するなら、今度、設定を共有しないとね。僕一人で『顕幻』するよりも性能が増すからね」


 コフィはそれから、自分の作ったガジェットの詳細や、物体の共同『顕幻』のやり方について説明してくれた。

 俺は退勤処理を密かに済ませ、冷房の効いた室内で涼むことにした。

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