#4

『廃棄品同盟』の(非)日常 ①

 微かに滲んだ涙を拭いながら、俺は目を覚ました。

 カーテンから差し込む日の光。どうやら、俺は『ゴーストタウン』からの脱出と同時に眠りについてしまったらしい。

 体には毛布がかかっており、隣にはフェキシーが気持ちよさそうに眠っている。


「……かわいい」


 俺はその無邪気な寝顔を見て思わず呟いた。


「分かるよ。フェキシーは可愛いよね」


「っ……」


 俺は驚いて叫びそうになるのを、フェキシーの事を考えて必死に抑えた。

 俺が上体を起こすと、怪獣の玩具が入ったショーケースの前で一人の女性が座っている。

 おそらく十代後半、第三ボタンまで開けた白いシャツ、緩み切ったネクタイ。白を通り越して青白い不健康そうな顔色に、薄くクマのついた目。銀色の髪は長く綺麗なウェーブを描いている。

 女性は色素の薄い唇をへの字に曲げて怪訝そうな視線を向けてくる。


「えっと……おはようございます」


「なあ。私の今の心境が分かるかい?」


「いやあ……」


「私の家に知らない男がいてお気に入りの女の子と寝てるのを朝っぱらから見せつけられている気分だよ」


「はー、すっごい具体的だ」


 俺は苦笑いを浮かべながらも、状況を理解し始めた。

 とりあえず、自己紹介はした方がいいだろう。


「は、初めまして、カイカ・ウィルズです。一時的に『廃棄品同盟レフトオーバーズ』に加えてもらいました。お世話になります」


「……君が噂の客人か。私はユウマ・ラウンドバレー。この家の主で『廃棄品同盟レフトオーバーズ』のパトロンだ」


 女性――ユウマはショーケースから、一体の怪獣のフィギアを取り出した。

 ユウマは怪獣の稼働する腕を少しだけ調整し、また元の場所に戻す。


「これは私が創った物でね。将来、私は特撮映画で世界を獲ろうと思っている。優秀なスタッフも欲しいと思ってる……フェキシーはその筆頭だ。彼女の美的感覚と才能は、つまらない男に構っていて潰れていいもんじゃない」


 俺はチクチクと言葉で刺されて胸が痛んだ。


「あの……俺は意識不明の妹に関する情報を集めていて、フェキシーは『ゴーストタウン』に行くために協力してくれたんです。一緒に寝てたのは、その、極度の興奮状態になってスイッチを入れるためで……」


「それは天に誓えるか?」


「……え?」


 俺の釈明に対して、裁判官は容赦のない言及を続けた。


「フェキシーとの接触でやましい感情が欠片も湧かなかった。今後、彼女の優しさに付け込んで逢瀬を重ねようなんて思っていない――と胸を張って言えるかい?」


「それは……」


 俺は言葉に詰まった。昨日一日の交流の中で、フェキシーを魅力的な人間、女性としても魅力的だと思っていた。

 昨夜の『ゴーストタウン』での出来事を経て、その気持ちは強くなる一方だ。


「どうだ。軽い気持ちで彼女と付き合いたいとか思ってたんじゃないか?」


「俺は……」


 俺はちらりとフェキシーの方を見た。

 フェキシーは相変わらず気持ちよさそうに眠って――はいなかった。

 片目でこっちを見ており、目が合った瞬間に目を閉じた。


「ぐー……」


 狐寝入りならぬ狸寝入り……というにはあまりにもお粗末なものだった。

 かわいいのはかわいいが、自分がこんな子供に現を抜かしていたことを少しだけ恥ずかしくなった。


「えっと……俺とフェキシーのことは一旦置いといていいですか?」


「……まあ、私もこういう子だということを、今更ながら思い出したよ」


「それどういう意味ー?」


 フェキシーは寝たふりをするのを止めて抗議の声を上げた。


「注意すべきは君の方だということを思い出したよ。今後は安易に男性を誑かして関係を持つな。泣きを見るのは君の方だぞ?」


「うー、説教やめてよー」


 俺は一方的に責められるターンが終わって、ひとまず胸を撫で下ろした。


「さて。カイカくんと言ったか。君の事情は理解した」


 ユウマは改めてその蒼色の瞳をこちらに向けてきた。


「だが、『廃棄品同盟レフトオーバーズ』はタダ飯食らいを抱える余裕はない。MMに指示を仰げ、近いうち私からも仕事を任せることがあるだろう。それが君の目的に協力するために私たちが求める対価だ」


 最もすぎる理路整然とした意見だ。

 俺も元より、一方的に施しを受けようとは思ってない。


「はい。これからよろしくお願いします」


 俺は手を差し出したが、ユウマはその手を心底嫌そうに見つめた。


「いろいろした後の手に触りたくないんだが?」


「……気を使えずにすいません」


 これもまあ、最も過ぎる意見だった。



            ▼     ▲     ▼



 俺が着替えを済ませてリビングに行くと、MMが身支度をしていた。

 MMはアロハシャツから緑色のジャケットに着替え、髪をしっかりとワックスで固めていた。サングラスはつけたままだったが……。


「おはようございます。お仕事ですか?」


「おう。流石に現金もないと生活できねーからな」


 俺はボスである彼が働けない年齢の子供たちを養っているのだと、『廃棄品同盟レフトオーズ』の台所事情を何となく理解した。


「カイカくんの方は、少しは妹さんの手掛かりを掴めたか?」


「……はい。妹は『モルフォナ』に雇われて歌手をやっているようでした」


「む。手短に説明してくれないか?」


 俺は昨日起きた出来事をかいつまんで話した。

 妹が普段『ウタカタ』というハンドルネームで歌の配信活動をしていることも併せて、説明しておくことにした。


「……そうか。それはまた、連れ戻すのは骨が折れそうだな」


「滞在する一週間の間は手を尽くすつもりです。ユウマさんからあなたから仕事を貰えと言われました。何かすることはありますか?」


「おう。そういうことなら、廃棄品の回収の付き添いとかやってほしいかな」


 MMはそう言いながら財布から名刺を一枚取り出した。


――『廃棄品同盟(レフトオーバーズ)』代表 マッドマッシュ 電話番号××


 紫色のキノコの装飾がされたおふざけのような名刺だった。


「かわいいだろ。子供たちのために、フェキシーが作ってくれたんだぜ」


「はは。なるほど、言われてみれば、モーメントフラワーとデザインが似てる」


「お。あの花を買って使い方まで知ってたのか。あれが五ドルは安すぎると思ってる。――仕事のことはフェキシーに聞いて、何か問題があったらここに電話くれ」


 MMは玄関に向かいながら、少しだけ声を張った。


「頼んだぞ、フェキシー。どうせ聞いてんだろ?」


「……はーい」


 近くの部屋のドアを開けてフェキシーが姿を現す。

 さも当然のように盗み聞きをしていた。


「それと、カイカくん」


 MMは一度振り返って真面目な顔でこちらを見た。


「妹さんのこと。逸る気持ちは分かるが、『ゴーストタウン』への侵入は慎重にな。捕まれば最悪取り返しのつかないことになる」


「……はい」


 俺はオネイロスや大男のことを思い出して、気持ちが逆立った。


「ユウマには黙っとけって言われたが、五日後に『ゴーストタウン』のオープンセレモニーが行われる」


「オープンセレモニーって……」


 確かに『ゴーストタウン』の駅前の様子は娯楽施設のようだった。

 だが、その裏で犠牲になっている人のことを考えると笑えない冗談に思える。


「俺たちはその日、『ゴーストタウン』に奇襲を仕掛ける予定だ。同行して一緒に妹さんを奪還するのが理想だろうな」


「え……」


「これは他言無用だぜ」


 MMは小声で言って笑い、人差し指を立てた。

 おそらく暴走しないように秘密を打ち明けてくれたのだと、俺はMMが玄関を出てから気が付いた。

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