『ゴーストタウン』潜行開始 ④

 世界が反転し、俺は突然、夜の街へと放り出された。

 壁面を植物の這う高層マンション囲まれた街、見るからにエデンシティの光景だ。

 初めに感じた違和感は暗いのにも関わらず、物の輪郭がやたらとくっきりしていることだった。また、現実のエデンシティと違い、こちらのマンションは住民が多いのか、明りのついている部屋が多くその光がぼんやりと漏れ出ている。

 おそらくここが、フェキシーの話していた『ゴーストタウン』、集合的無意識に創り出された幻想世界の街だろう。


「よかった。ちゃんと来れたね……」


 隣にはいつの間にかフェキシーがいた。

 フェキシーは俺の手を掴むと、目立たない街路樹の影へと引っ張った。

 俺の心臓は先程の行為のせいでまだドキドキしている。


「ここが『ゴーストタウン』……って、カイカくん? 大丈夫」


「え、っとまあ大丈夫だけど、その……」


 俺はフェキシーから手を放し、思わず視線を逸らした。


「もう……無理ないけどさ」


 フェキシーは照れたように笑い、それから小さく深呼吸をした。


「ふー、わたしだってドキドキしてるよ。そうじゃないとここに来れないからね。だけど、今は妹さんの手掛かり探すんでしょ?」


「……ああ、そうだな。セレンセレンセレン」


 俺は病室で眠るセレンの姿を思い出して、強引に意識を切り替えた。


「よし、大丈夫だ」


「えらい。じゃあ、妹さんの調査を始めるね。先にこれを被って……」


 フェキシーはどこからともなく仮面を取り出した。

 俺の仮面はジャック・オー・ランタン、フェキシーは和風の装飾が施された狐面だ。

 俺は言われた通り、仮面を被りゴムで顔に止める。


「これから、この街にいる人たちに声掛けで調査を行う。妹さんにバッタリ会えればそれで解決だけど、そう上手くはいかないだろうから、まずはどんどん情報を集めて行こう」


「分かった。何か気を付けることはあるか?」


「簡単に言えば『モルフォナ』の見張り役に見つからないことかな……。わたしたちはここに非正規の手段で侵入しているから、見つかれば即排除対象になるし、顔や身元が割れたら最悪現実の方で殺される」


 俺は急に死という可能性を提示されて絶句する。


「大丈夫。捕まったら、身バレする前に即場に現実に戻ればいいから。戻り方は『隔離クローズオフ』と叫んで、元の世界をイメージして自分をこの世界から切り離して」


「『隔離クローズオフ』だな。わかった」


 俺は息を呑んで物陰から出る覚悟を決めた。

 セレンの手掛かりを得るためにフェキシーも命懸けでここに来てくれている。

 俺の方がビビっているわけにはいかない。


「あと、驚かないように先に言っとくけど、『ゴーストタウン』の住民はこの世界に入る際に顔を奪われていて、ぼやけて見えないようになってる。『招待券』できてる人とわたしたちの決定的な違いだよ。仮面で顔を隠すのはそこを誤魔化すためでもある」


 俺はエデンシティで見た顔のない人影を思い出した。

 だが、『ゴーストタウン』にいるはずの住民が俺の目に見えたのは一体なぜだろう。

 考えられるとすれば、幻想世界がモデルである現実の場所と、同一座標に存在することの影響だろうか……。


「急ぎ過ぎずあくまで自然に歩くよ」


 フェキシーはそういって物陰から出た。

 俺も思考を中断し、肩の力を抜いてその隣を歩く。


 フェキシーは高層マンションの並ぶエリアを抜けて、大きな道路沿いに南の駅や本島と繋がる橋のある方面へと向かい始めた。

 俺もこの一日でだいぶエデンシティの地理が分かり始めた。

 北に行けば広いビーチと別荘街が広がり、南に行けば高層マンションや僅かな商業施設が広がる一方で、より廃墟感が強くなる不思議な街だ。


「北側でゆっくり過ごしてる人もいるけど、南で『ゴーストタウン』を観光のように楽しんでいる層も多い。妹さんはどっちだと思う?」


「それなら、どちらかと言えば北のビーチ側に行ってそうだけど……」


「どうする? 引き返す?」


「いや、どうだろう。俺が知らないだけで、誰かに誘われて『ゴーストタウン』に来た可能性はあるからな。誰かの話を聞いてみたい気持ちもある」


「そう。じゃあ、このまま駅の方に向かうよ」


 道路を歩いていると途中、輝く鳥の群れが頭上を通過した。

 それはまるで星が流れているようで、神秘的であると同時に寂しい気持ちになった。


「通行人、見つけたよ」


 フェキシーが俺に小声で呟く。

 俺たちは道路を大声で話しながら歩く、四人の顔のない集団を見つけた。


「うぇーーーーい」


「エデンシティ最高っ! 『ゴーストタウン』最高っ!」


 全員がアロハシャツや薄手のTシャツのような開放的な服を着ている。手には酒瓶のようなものを持っている人物もいる。


「顔が見えなくても、ここまで人相が分かることがあるんだな」


「ちなみに妹さんは?」


「ぜっったいにいない」


「おっけー」


 フェキシーはそう言うが早いか、四人組の方へと駆け足で向かい始めた。


「うぇーーーい、元気してるぅ?」


 フェキシーは臆することなく四人組に話しかけていた。


「いえーーーい!」


 四人のうち一人は気圧されることなく、フェキシーのノリについていく。

 すると、残る三人もすぐに大声で歓迎をした。


「わたし、ヘスター。仮面作ったからあげる~~!」


 フェキシーは平然と偽名を名乗りながら、四人組にどこかの水の都で売ってそうなお洒落な仮面を配った。


「いいじゃーん、かわいい~~」


「でしょでしょ。『モルフォナ』の蝶々のロゴ入りだよぉー」


 フェキシーはいつもより数トーン高い声で、そのうちの女性一人と即座に盛り上がった。


「どこから来たの? 名前は?」


「あたしはジョアンナ。この子がエイミー、男子はブレントとレックス。噂を聞いてイルジアムから遊びに来ちゃった~」


「いいねいいね~。で、どっちが好きなの?」


「あはっ、そーいうんじゃないよー」


 女子二人の会話に何となく、残る俺たちは置いてけぼりを食らう。


「あ、みんな。ここらへんで女の子見なかった? えっと~」


 フェキシーが間髪入れずに話題を切り替え、こちらに視線を向ける。


「ヘンリー? どんな子だっけ?」


「あ、ああ……」


 俺はフェキシーの意図を理解し、覚悟を決めて精一杯テンションを上げた。


「身長は高めっ、髪は黒よりの赤っ、百七十センチでスタイルいいみたいな~~っ! 紺とか黒の服が好きでいい感じのセンスしてるぅ~~!」


「………………」


「あははっははははは!」


 その様子を見て四人は困惑していたが、フェキシーだけは爆笑している。


「いや、知らないなー」


「そんな女見たら忘れないと思うぜ」


「あたしら、昨日ここに来たばっかしだしね」


 四人は素面のようなテンションで真面目に質問に答えてくれた。

 俺は感謝する一方で、今すぐに『隔離クローズオフ』を唱えてこの世界から消えたかった。


「ありがと~~またね~~」


 フェキシーが手を振って四人組とは別れる。


「……妹さんのために頑張るの、かっこよかったよ」


 フェキシーは少しして、俺の背中を叩いて慰めてくれた。


「……ありがとう」


 俺は泣きそうになりながら、さらにこの子を好きになってしまった。

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