『ゴーストタウン』潜行開始 ⑤
高層マンションの脇を抜けて、俺たちは商業ビルの並んでいるエリアに着いた。
現実の方は分からないが幻想世界の駅前は、『ゴーストタウン』とは名ばかりの華やかさをしていた。
街灯とビルの明りが眩しいくらいに点灯し、バーや小さなカジノのネオンが夜の街を鮮やかに彩っている。それでいながら、『ゴーストタウン』全体に掛かる靄のようなぼんやりとした空気は残っている。まさに夢の世界だ。
巨大な液晶には『モルフォナ製薬』の広告まで流れている。
当然、この周辺には沢山の顔のない人々がいた。
「すごい世界だな……」
「ここまで派手になったのは最近だよ。新しい人が『ゴーストタウン』の管理をするようになってから、人を呼ぶために娯楽施設を充実させるようになった」
「もしかして、現実の方でもここら辺の施設ある?」
「うん。『ゴーストタウン』への誘致目的での開発で、エデンシティにも多少は人が寄り付くようになったみたい――聞き込みしようか」
「そうだな」
俺たちは話も程ほどにして、聞き込みを再開することにした。
先程の四人組とは異なり、駅の周辺には落ち着いた服装の人物も多くいた。
カジュアルなスーツやドレスを着た夫婦、パーカーのようなラフな格好で出歩く人物など、顔は見えないが年齢層にもかなりばらつきがありそうだ。
俺たちは年齢の高そうな人物から話しかけることにした。
しかし、彼らは周囲の人間にはさほど興味がないらしく、有益な情報は得られなかった。
「せめて、顔が見えてればな……」
俺は他に聞き込みできる人がいないか、周囲を見渡した。
すると、一人の男性がフラフラと階段近くを歩いているのが目に入った。
俺は反射的に走り始めていた。
「ちょっと……」
フェキシーは驚いて声を上げたが、俺は構わず男性の元へと走った。
男性が階段から転げ落ちそうになる直前、何とか腕で体を支えることに成功する。
「うおっと……わ、わりいな」
強いアルコールの匂いが鼻を突く。
俺の助けた中年男性は真っ赤な顔にしわを寄せて笑って見せた。
「いいんですよ。気を付けて――」
俺はそう言いかけて言葉を失った。
顔がある。
白髪交じりの髪、左手にはビールの瓶を持ち、茶色いスーツは乱れている。典型的な酔っ払いだが、この世界にいる他の住民に比べると確かな存在感があった。
「ちょっと、あっちのベンチまで運んでくれねえか?」
「あ、はい……」
俺は酔っ払いに肩を貸し、少し離れた場所にあるベンチまで移動した。
「大丈夫ですか? どこかで水を……」
「あー、水なんていらんよ。酔いが醒めちまう」
「いや、醒ましたいんですけどね」
俺は酔っ払いを放置していくかどうか考えた。
すると、フェキシーが背後からツンツンと俺の背中を指でつついてきた。
「ちょっと、離れた方がいいかも」
「え?」
「顔があるってことは、『招待券』で来てない証拠でしょ。たぶん、お酒の力とかで興奮したうえで、偶然、『潜行』してしまったんだと思う」
フェキシーは少し離れて小声で説明する。
「つまり、不法侵入だから『モルフォナ』に目をつけられてもおかしくない。あの様子だと周囲からも見られてるだろうしね」
「そうか。一緒にいて俺たちまで目を付けられる前に……」
「――おやおや。お困りでしょうか?」
俺とフェキシーは即座に声の方を振り向いた。
すると、そこには変わった格好の一人の男が立っていた。
すらりとした長身に高級感のある白い燕尾服、頭にはシルクハットをかぶり手には装飾の付いた杖、顔は白い化粧と目元を覆う仮面で隠している。
「わたくし、この『ゴーストタウン』の支配人、オネイロスと申します」
突然現れた『モルフォナ』の大物は、俺たちに向けて仰々しく礼をして見せた。
▼ ▲ ▼
「――そちらの方とはどのようなご関係でしょう?」
白い燕尾服を着た支配人――オネイロスは口元に笑みを浮かべながら俺たちに聞いた。
「……酔っ払って階段から落ちそうになってたんです。良かったら介抱できる場所に連れていってあげてください」
フェキシーはいかにも助かったという演技で状況を説明する。
「左様でございますか。少し話を聞いてみましょう」
――パチン。
オネイロスと名乗る男が指を鳴らすと、木陰にいた一人の大柄なスーツ姿の男が酔っ払いの元に駆けつけた。
大男の顔はフルフェイスのヘルメットで隠されている。
「お二人は少々こちらでお待ちください」
丁寧だが有無を言わせない圧で、俺たちはその場に足止めされてしまった。
「おい、お前。どうして『ゴーストタウン』にいる?」
大男は肩を叩き、再び酩酊していた酔っ払いの意識を強引に起こす。
「あ? 誰だあ?」
「どうしてここにいるのかと聞いている」
「俺はなあ、一昨日クビになっちまってよう。恋人にも浮気されて数年前に見捨てられたのに、今度はずっと身を捧げてきた会社からも見放されちまったんだあ……」
「そんな話はいい――」
話を遮ろうとする大男のことを、オネイロスが制止する。
「それはそれは、苦労なされたんですねえ。それでその彼女やご家族とは今ご連絡は?」
「アイツとは別れてから一度も会ってねえよ。お袋は病気でだいぶ前に死んだし、親父とももう何年も連絡はとってねえ」
「……左様でございますか」
俺はオネイロスの口元に笑みが浮かんだのを確かに見た。
「この『ゴーストタウン』はそんな方にこそ相応しい場所でございます。ですが、ここで倒れては大変ですので、よろしければ一緒に事務所に来て頂けますでしょうか?」
「……酒はあるのか?」
「ええ、もちろんでございます」
オネイロスが目で合図を送ると、一歩下がっていた大男が酔っ払いに肩を貸した。
「ところでお客さま――」
オネイロスは俺たちが動き出すよりも早く振り返った。
「その仮面はどこで手に入れたのでしょうか?」
俺の鼓動は否応なしに速くなる。
「最近流行ってるんですよー。さっき、通りかかったお兄さんにもらいました~」
フェキシーはそう言いながら狐面を外して見せた。
俺はフェキシーの顔を見て息を呑んだ。
フェキシーの顔が『招待客』のように黒くぼやけて見える。
背筋が冷えたが、よく見るとシールの剥がし口のようなものが耳の辺りに見える。
俺が酔っ払いとのやり取りを見ている間に、対策を打ってくれていたらしい。
「相手の見分けがつきやすくなるし、お洒落でかわいいですよね~」
「……ほう、それは盲点でした。今後、対策を打たなければなりませんね」
俺は今すぐにこの場を離れたかったが、オネイロスはこちらから視線を動かさない。
「のちのち今回のお詫びもしたいので、できれば名簿に登録した名前を教えていただけないでしょうか?」
オネイロスは〝パチリ〟と指を鳴らすと、紙の束を取り出した。
「あたしはジョアンナで、こっちはレックス。なにくれるのー?」
フェキシーは臆した様子もなく偽名を告げる。
俺はそれが先程聞いた四人組のうち二人の名前だと、遅れて気が付いた。
「ああ~……イルジアムから来た四人組ですね。失礼いたしました。今度より上質な眠りを提供するためのアロマを贈りますね」
「ありがと~……」
「それでは、失礼いたします。どうか、『ゴーストタウン』を心ゆくまでお楽しみください」
オネイロスは深くお辞儀をして、踵を返し、足を止めて待つ大男の方へと向かい始めた。
「あのっ……」
せっかくフェキシーの機転で急場を凌いだというのに、俺は気付くと声を掛けていた。
オネイロスがその場に立ち止まる。
「その人、どうなるんですか?」
「ご心配なさらず。彼には一度ここを出て貰ったうえで、『招待券』を渡し、正規の手段で住民になっていただく予定ですので……」
オネイロスは振り向かないままそう言い、言い終わると同時に再び歩き始めた。
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